明石家さんま

カテゴリー:タレント | 関連グッズ一覧

ブログからのネタの種

ライジングサン2008 in EZO 8/16
いるとか いないとか oh!oh!ちっちゃい事はきにすんな」 (ドンマイ・ビート) そして新曲、 「生きてるだけで OK!」 明石家さんまさんの娘さん「いまる」ちゃんみたいな歌詞だった…。(生きてるだけでまるもうけ→いまる) 地元バンドなのに、ライブで怒髪天を
2008/09/06 09:48:11 [スクリーンに恋をして&ライヴレポ]
金曜夜バト
?」 サブテーマ 「好きなお茶は?」 メール人数:73人 メール総数:231通 金曜オリジナル企画 「ハマショウ検定」 お約束のボケネタ、「明石家さんま」「加藤茶」も目立ち、面白い内容となりました。それに突っ込みを入れる、翔子ちゃんも可愛かったです。来週は
2008/09/06 08:54:16 [毎度!やっちゃいます(爆)]
貯運
。なので、 ビンゴ大会で当たらなくても、ガッカリしない。そうです。運が貯まった!やった!と思うのだそうです 明石家さんまさんも、あまり良くないなーと思う時期には 今、オレ、運貯めてる…よ〜し と思ってるらしいと小堺一
2008/09/06 08:38:43 [Happy!Lucky♪潜在意識は素敵☆]
昨日の俺にさよなら
に。今なら何やっても面白いな俺。↑↑↑って所まで書いて寝てしまったらしい。今起きた。全然面白い事が浮かばない…。昨日の勢いだったら、明石家さんまより面白いのに。今の俺はダンディー坂野レベルだろう。さて今日も頑張ろう。…ゲッツ
2008/09/06 08:07:03 [田村和宏のセミヌードブログ]
JUNK2終了
過ぎたら許せるのね。もうね、ぜんっぜん平気なの。むしろ、好んで見るくらいだからね。ついでにね、最近は明石家さんまね。あれ、駄目ね。最近明石家さんまは全然面白く感じないんだよね。絶対に見ないね。って、そんな具合で、好き嫌いが偏るときがあ
2008/09/06 06:37:25 [夢をつづる日々]
『FNS27時間テレビ』で“ひょうきん族"人気
水がたまる原因 foundflesレインブーツ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080725-00000017-oric-ent 7月25日19時17分配信オリコンお笑いタレントの明石家さんまが19年ぶりに総合司会を務めることで話題になっている26日(土)放送の『
2008/09/06 02:13:26 [きょうの記録]
日本の誇り
視聴されている方ならご存知ですね。う〜〜〜〜〜ん。お美しい。あと、 ジャズシンガーの神谷えりさん。なんと!このわしと同じ歳。それに比べて、田原総一郎、エドはるみ、久本雅美、明石家さんま、コウダクミ、Fテレビの女子アナ共等々・・・ メディアに頻繁
2008/09/06 01:32:00 [ゲスナメブログ]
そろそろ旬な
の晩めすぃは 五目豆腐とろみ炒めとサンマだぜっ 魚は肌によかなので サカナを喰らわにゃナイスなきれーなお肌にはなれなくてよっ それにしてもさんまさんはよく喋る。いや 明石家さんまさんのことだぜっ(^^)/ よく喋る人 オモローな人すきです こう見えておれどっちかというと聞き役です。
2008/09/06 01:17:37 [狂。の檻籠。-因果応報碌-]
インタビュー収録/BEGIN×明石家さんま 対談収録/MONKEY
大一番!9月26日 夜23時30分から放送 BEGIN×明石家さんま さん 、の対談収録。『僕ら』はじまって以来の、 超大物ゲスト!先日の 『27時間テレビ』 の、みんなへのご褒美のような 最高の対談!です。さんまさん、2度のテープチェンジをこっそりこなして、の
2008/09/06 00:03:00 [きくちPの音組収録日記]
さんまの成り上がりバスツアーin東京
ますんで」 さんまさんお気に入りの 『叙々苑 遊玄亭』西麻布本館での打ち上げ!村「みなさん、グラス をお持ち下さい」 皆「はーい!」 村「乾杯 」 皆「かんぱーい 」 さ「お疲れさーん」 遊玄亭での明石家さんま3点セット ?さんま箸 ?さんま前掛け さんまジョッキ メニューにはない通称『さんまセット』
2008/09/05 23:53:33 [となりのかめ。]

はてブ注目エントリーからのネタの種

【断 大月隆寛】どうせ見たい番組もないし… - MSN産経ニュース
 むかし、同じように「カラー」というロゴが映っていた時期がありました。カラー放送が始まり、それに連れてカラーテレビの普及がめざされていたころ。もう40年ばかり前のことです。白黒画面に映るその文字は当時、やはり人心をさかなでしたものです。「いまカラーでやってんねんぞー、おまえら見られへんやろー、ざまーみいー」と言われてるようでハラが立つ、と...
2008/09/06 10:15:24 []
YouTube - 1984 K.ODA TAMORI タモリ 小田和正
これ、生で見ました!小田さんにつなぐ前の、明石家さんまさんの回が抱腹絶倒でしたよ。小田さんが「いいとも!」っていった時のタモリさんのリアクションが、今でも目に焼きついています。ビデオテープ探せばどこかにあると思うけどなぁ・・・
2008/09/06 10:15:24 []
痛いニュース(ノ∀`):もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング
1 名前:☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★ 投稿日:2008/08/06(水) 16:56:48 ID:???0 「もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング」で堂々の第1位となったのは、1969年から1985年まで16年間にわたって放送された国民的番組《8時だョ!全員集合》。 ザ・ドリフターズのメンバーと豪華なゲストによる絶妙の掛け合いや大掛かりなセットを使用したコントの数々は、お...
2008/09/06 10:15:24 []
もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング - goo ランキング
」という言葉がありますが、毎年のように多くの番組が誕生しては消えていくテレビのバラエティ番組ほど、この言葉が当てはまるものはありません。そんなバラエティの中にも、「いつまでも忘れられない」、「もう一度見てみたい」という番組が、どの世代の人にも1つくらいはあるのではないでしょうか?  「もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング」で...
2008/09/06 10:15:24 []
ジャニーズ全滅!? 日テレ深夜枠でバラエティ番組“壊滅の危機”! : 日刊サイゾー
 若者のテレビ離れが盛んに叫ばれ、民放各局が軒並みコストカット路線を打ち出す中、日本テレビでは深夜枠のバラエティ番組が“壊滅の危機”を迎えているという。 「実は、日テレでは深夜23時以降のバラエティ制作費が一律で数パーセントカットになったんです。それも、驚くことに『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』なんかも含めたすべての番組で。現場は戦...
2008/09/06 10:15:24 []
FNS27時間テレビ感想(総評)
今年の27時間テレビは面白かった。もちろん、27時間のうち全部が全部面白かったというわけではない。ちょっとどうかと思う部分もあった。でも、全体としては最高に近い出来だったと思う。 基本的に、自分を含めてほとんどの人は、今のテレビに対してあきらめに近い感情を持っているのではないかと思う。テレビがあんまり面白くない。でもしょうがないよね、と。 そんな...
2008/09/06 10:15:24 []
痛いニュース(ノ∀`):にしおかすみこ、27時間テレビで大失態 「ネタできず涙」に批判噴出
1 名前: 伊都錦(福島県) 投稿日:2008/07/30(水) 17:15:04.44 ID:TtW0v4liP ?PLT にしおかすみこが27日に放送された「FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!」のコーナー「復活!有名人の集まる店。貴子ママと若手芸人スペシャル!」で、あまりの緊張からネタを途中で止めざるを得なくなり、泣いてしまうというハプニングがあった。 同コーナーは明石家さんま扮する貴子ママの...
2008/09/06 10:15:24 []
FNS27時間テレビ感想(その3)
・懺悔室のコーナー。もちろん、出演者と制作者と視聴者が心地よくノスタルジーに浸るためには必要な仕掛けなんでしょうけど、今改めて見てみると、頭から水をかぶるだけというのは、バラエティ番組の罰ゲームとしてどうしてもユルく見えてしまう。この点に限らず、良くも悪くも懐古主義的な意味合いの強い演出は随所に見られました。 ・笑っていいとも! 増刊号生スペ...
2008/09/06 10:15:24 []
「あうんの呼吸」と「空気読めよ」:FNS27時間テレビ感想 - Hopeless Homeless
27時間テレビ、全部観ました。 明石家さんまだから観た。ちょろっと観て寝るつもりだったけど、結局、ヨレヨレになりながら全部観た! 面白かった!! なんであんなに面白かったのか、というと、今のテレビでは絶滅しかけている「あうんの呼吸」というものが、さんまとたけしを始めとする大御所芸人たちによって、番組全体を包んでいたからだ。 「あうんの呼吸」。 exite...
2008/09/06 10:15:24 []
トンデモ独裁者の作り方 - ハックルベリーに会いに行く
先日書いた「ブログについて4つの悩み」という記事のブックマークコメントでも頂いたのですが、気合いを入れて書いた記事の評判が思ったほど良くはなかったりする反面、適当に流して書いた記事が大受けしたりするということは、多くの人が経験しているみたいですね。 これは何もブログに限ったことではなく、お笑い芸人もそういうことを感じるようです。孫引きになり...
2008/09/06 10:15:24 []
FNS27時間テレビ感想(その2)
・さんま・中居の今夜も眠れない。大竹しのぶを引っ張り出し、途中からはたけしも乱入。たけしとさんまの手にかかると、山本モナの話題もほんのあいさつ代わり。それにしても、さんまと絡むときのたけちゃんは本当に楽しそう。 ・若手芸人の集まる店。これは要するに、「さんま師範代の100人組み手」という感じ。百戦錬磨の明石家さんまが場慣れしていない若手芸人を次...
2008/09/06 10:15:24 []
明石家さんまの眠らない哲学 - てれびのスキマ
今年の1月から、全17回にわたり「[http://www.1101.com/suimin/samma/index.html:title=ほぼ日刊イトイ新聞]」に連載された「さんまシステム」。「ほぼ日」史上に残る傑作コンテンツである。 この連載の凄さは、さんまのあの引き笑いを 「クワー(笑)」 と、表現したことだけでは勿論ない。 常々「一体いつ寝ているんだ」と言われる明石家さんまの睡眠論を探るという対談のはずだったが...
2008/09/06 10:15:24 []
ろくでもない夜 Official-BLOG: 西野です。
27時間テレビが終わりました。最初のコーナーを一時間くらいもらいまして明石家さんまサンとバカ騒ぎ。最高に楽しかったです。 ろく夜に還元できればと思います。本当にいい時間を過ごせました。
2008/09/06 10:15:24 []
お笑い芸人なんて本来格好悪いものなんだと思う - 昨日の風はどんなのだっけ?
「だが、それがいい。」という話をしていきます。 baseの女性客はやっぱりおかん化してると思う - 一汁一菜絵日記帳 でも、僕は「お笑い芸人って所詮イロモノ、キワモノ」 だと思いますし「でも、だからこそ素晴らしい」と思うのですよ。 これって、にづかさんの次の日のブログエントリーで、明石家さんまについて触れていることにも繋がっていますよね。 踊る!さんま御...
2008/09/06 10:15:24 []
痛いニュース(ノ∀`):「お笑い」つまらなくなったワケ
1 名前: ワッケイン(香川県) 投稿日:2008/06/25(水) 10:36:30.10 ID:iXNgKrme0 ?PLT 「お笑い」つまらなくなったワケ 横澤彪さんに聞く(上) フジテレビの元ゼネラル・プロデューサー横澤彪さんがJ-CASTテレビ ウォッチで連載中の「チャンネルGメン(69+1)」が、単行本「テレビの貧格」 (東洋経済新報社)として出版された。業界の「ご意見番」ともいえる横澤さんに、お笑いとテレ...
2008/09/06 10:15:24 []

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Wikipediaサマリーなネタの種

明石家 さんま(あかしや さんま、本名:杉本 高文(すぎもと たかふみ)、1955年7月1日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、司会者。タモリ、ビートたけしとさんまの3人を日本のお笑い芸人BIG3と称されることがある。

プロフィール

* 和歌山県東牟婁郡古座町(現在の串本町)で生まれ、奈良県奈良市で育つ。
* 奈良県立奈良商業高等学校卒業。
* 事務所は吉本興業所属だが、オフィス事務所という個人事務所を設けており、仕事やギャラの管理はこちらで行っている。オフィス事務所には、ラサール石井や村上ショージ、松尾伴内らも所属している(さんまと同じく、皆それぞれに所属事務所は他に存在する)。
* 師匠は落語家の笑福亭松之助。なお明石家の「明石」とは、松之助の本名からきている(後述)。
* 趣味はゴルフ・テレビでスポーツ観戦・ギャンブル(パチンコや競馬、麻雀)・テニス。
* 血液型はB型。公称身長172cm。

[編集] 人物

[編集] 芸風

* デビュー当初は当時人気だった阪神の小林繁投手の形態模写や漫談が主であった。ただし本人は自他共に認める巨人ファンであり、最初は巨人の小林繁として形態模写をしており、江川卓とのトレードで阪神に移籍した際に、この芸を封印したが、トレード直後の阪神タイガースで小林繁の活躍に伴い、関西地区で小林繁の形態模写を熱望されるようになり、本人は渋々再開した所、小林繁と相乗効果で人気を集めるようになった。このため、現在でもモノマネ芸人には寛容で、モノマネされる側が嫌がっているのをたしなめることもある。
* 現在では司会業が中心で、レギュラー番組は多数。中には二十年以上続く番組もある。聞き手に回りながらも、相手の何気ない一言を即席の持ちネタにし、話の節目やオチで効果的に連呼し使用する特徴がある。大袈裟な身振り手振り、外見、声、全てを含めて「明石家さんま」としての一つの芸風を完成させたといえる。
* 俳優から引き出したトークを笑いのネタに変えてしまうその技術によって、永くバラエティ番組に対し消極的であった多くの俳優を呼び込み、今まで自身の失敗に対し口を開くことの無かった俳優達がこぞって自身の失敗談を語るようになったといわれる。また、人の埋もれたキャラクターや個性を見抜き、引き出すことに長けており、中村玉緒や中尾彬等、今ではバラエティーに引っ張りだこの芸能人を多数発掘している。
* どんな相手とでもトークを成立させる頭の回転の速さを持つ反面、師匠の松之助と同様、芸と仕事には厳しく、気の合わない相手に対しては放送中でも陰湿に攻撃する(いじり倒す)場面も見られる。
* 定番ギャグを持つ若手芸人に対しては「フリからギャグ」という流れを重要視して接するが、自らのフリに反応が無いケースでは途端に不機嫌になる。かつて『笑っていいとも!』で共演した松本人志(ダウンタウン)にもその場で出たギャグをやらせようと振ったが、無視されてしまったため挙句激怒したことがある。
* 近年のバラエティー番組に見られるテロップ演出について否定的な意見を述べており、自身の出演する番組では一部を除きテロップ演出を使用していない。
* 性格は短気。トークのテンポに関してはこだわりを持っており、相手が素人であってもテンポを崩されると激怒する(番組中、ゲストに質問した際に相手が考え込んでしまうと、大抵は怒る。たとえ嘘や適当な答えでも話が広がりさえすればそれでいいので、とにかくパッと早く答えて欲しいと思っている)。そのためフォローも出来なくなることがある。
* ゴールデンタイムでは不適切とされてきた「SEX」という言葉を「エッチ」と言い換えることで、放送で発言しやすくした。結果、一般的な日常会話でも多用されるようになる。「バツイチ」なども同様。婚前交渉、婚外交渉、離婚といった従来なら表だって語りづらかった事項から、後ろ暗さを大幅に払拭した。芸人に飲む打つ買うの「遊び」は付き物とはいえ、本業の場でさんまほどそれを明確に語った者は少ない。言語面だけではなく、文化・風俗・習俗の面に関しても、テレビ界、ひいては日本の社会全体に多大な影響を与えてきたといえる。
* バツイチ(この言葉自体明石家さんま離婚会見後に急速に浸透し、現在は一般語になっている。広辞苑にも載っている)であり、それに関することをトークでよく述べている。またさんまが再婚したら、出演している『恋のから騒ぎ』(日本テレビ)、『さんま・中居の今夜も眠れない』(FNSの日・フジテレビ)は終了する予定である(フジの方は相方である中居が結婚した場合も終了となる)。
* 「自分が出演した番組のビデオを見るのが大好き」で自分が出演した番組をビデオ録画し、自宅に帰ってそれを見ては大笑いし、または反省する(ただし自己否定的な評価は余りしない)。後輩をわざわざ家に呼んで自分の番組のビデオを見せ、「おい見たか今のオレの間!」といちいち巻き戻し、勉強させる事もあるところにさんまの芸に対する真摯な一面がある。また、若手芸人に対する「ダメ出し」も有名で、岡村隆史がラジオ番組『ナインティナインのオールナイトニッポン』の中で、電話でさんまに岡村本人がしくじったと内心思ってたところへ、「見たで、あそこしくじったな。」とさんざんに、精確になじったうえ、「岡村、18点、さんちゃん120点。」と高笑いして切られ、毎回こたえたとの事。とにかくくりぃむしちゅーや雨上がり決死隊も『痛快!明石家電視台』収録前によくダメ出しされているのか、「テンションが下がるからやめて欲しいです」と言っていた。
* 年齢が30歳を越えた女優なら「大女優」じゃなくても「大女優」と呼び持ち上げることもある。
* 東西のお笑い芸人達が仕事抜きで開催するゴルフコンペにおいて、自分以外の者が優勝しても「真の優勝者はオレや」と豪語する。その理由も「(○番ホールでの)球筋がよかった」だの、「(○番ホールでの)スイングのキレがよかった」だのとピンポイントでの調子よさを強調する。
* 山下達郎、竹内まりや、サザンオールスターズ、松任谷由実などの話になると「歌が歌えるって得やなぁ」と言う事がある。

[編集] 芸名(愛称)

* 「さんま」の芸名は、実家が水産加工業を営んでいたことから命名。「明石家」は師匠笑福亭松之助の本名「明石徳三」からもらい受けたもので、松之助門下の多くが「明石家」を名乗っていた。「明石屋さんま」は誤字。なお弟子入り当初は「笑福亭さんま」であった。師匠は、家業から名前を付けるのが好きなようで、兄弟弟子には、自転車屋から明石家サドル、美容室から明石家パーマなどが命名されている。
* 同期の長谷川公彦が、師匠の島田洋乃介・今喜多代(現・今日喜多代)に「島田紳助」と芸名を決められた時、杉本は「その名前じゃ絶対売れない」とからかい、長谷川も落ち込む。が、そのすぐあとに杉本が「さんま」という芸名をもらった話を聞いて「こいつ(芸能人として)終わったな」と逆に長谷川に大笑いされたというエピソードもあるが、現在この2名ともにお笑い芸人の大看板として活躍している。
* 愛称は「さんちゃん」(所ジョージなどが使用し、かつては桂三枝の愛称でもあった)、「チャッピー」(ヤングおー!おー!内で桂三枝と共に「サニー&チャッピー」で出演)、「さんちゃま」また、中堅~若手芸人からは「さんまさん」「お笑い怪獣」(ナインティナインなど)「さんま兄さん」(今田耕司など)と呼ばれている。また、所ジョージは「明石家さん」と呼ぶこともある。萩本欽一の「大将」、ビートたけしの「殿」に対する形で「若」という呼称もある(主にジミー大西などが使用)。近年はBIG3であることや長年に渡って、お笑い界で活躍したことから若手のお笑い芸人から「師匠」と呼ばれることが増えている。但し、正式な弟子は存在しない。一時期いた付き人も運転手として給料を支払っていた松尾伴内は出会った当初から師匠と呼んでいる。伴内は「出会った時から風格がありました」と話している。さんまは「そんなに年は離れてないんだけど」と話している。
* 自分のお笑いのためなら他人のオチを吸収してさらに面白くすることから「お笑い怪獣」という尊称で呼ばれており、これは極楽とんぼの加藤浩次が付けた(アメトークにて発言)。
* 過去に「西の郷ひろみ」と呼ばれていた」と笑わせるが、ごく一部の地域以外ではさんまは無名の存在であった。知名度が上昇するのは1980年代になってからである。
* 同じくBIG3であるタモリ、ビートたけしからは「お前」「あんた」「さんちゃん」「さんまちゃん」と呼ばれ(たけしは「明石家」と呼ぶ事も)、さんまはタモリやビートたけしを基本的にはさん付けで呼ぶが、突っ込む時には、年上にも関わらず「ビート」(もしくは「たけ」、「たけし」)と呼び捨てにしたり「あんた」「お前」と呼ぶ場合もある。
* 村上ショージはさんまが暴走した時などに「先生(センセ!)」と呼び、なだめる場合がある。

[編集] 身体的特徴

* いわゆる「出っ歯」の代表的人物として有名。前歯を差し歯にするときに「少し引っ込めますか?」と言われたが(引っ込めたら2枚目になるが、笑いを取って)断ったそうだ。また、差し歯のメーカが(冬のソナタの)ヨン様と同じだと言い張って物マネをしていた。一時期その顔つきを自ら新幹線『のぞみ』(新幹線300系電車)と表現したことがある。
* かん高い笑い声とドナルドダックの様な「クワーッ(もしくは「クエーッ」)」という引き笑いが特徴。音声学的見地から言えば、アホウドリの鳴き声と同じであると言われる(従兄弟弟子にあたる嘉門達夫は「引き笑い鳥」と名づけている)。普段の話し声は実年齢を遥かに上回る声と分析をされたがこの笑い声だけは30代の声と解析された。この引き笑いの声を、とんねるずの木梨憲武はゴルフ場で雉の鳴き声を「あ~、さんまさんも(このゴルフ場に)来てるんだ」と言い、雉とさんまの声を真剣に聞き間違えた。
* 睡眠時間が極度に少ない。雨上がり決死隊・宮迫博之によると「仕事で3日間一緒になった際、多分あの人はあの3日間一睡もしていない。宮迫が機内で寝ようとしたら、起こされた。また、初日の収録が終わり、次の日の入り時間が早朝だったにも関わらず深夜まで一緒に飲み、次の日フラフラになって収録現場に行ったら、何も無かったかのように元気なさんまさんがいた。こんなことが3日間続きながらも収録が終わって、ダウン寸前で家に帰ってテレビをつけたら、さんまが生放送番組に出演していた」との事。また、寝顔を人に見られるのを極端に嫌い、新幹線で寝ていた際、すぐ後ろに座っていた宮迫博之が寝てると思った次の瞬間、パッと起き上がって振り返り、宮迫に「(俺が寝てたこと)絶対言うなや」と言った。自身の番組『明石家さんちゃんねる』(TBS系列)では、さんまがあまりにも寝顔を見せないため、「さんまの寝顔写真大募集」と言う企画が行われた。しかし、送られてきたのはたったの1通で、しかも13年前に1度だけ寝顔を撮られた写真のみであった。またタモリ曰く、さんまは寝付くのは異常に早く、ずっとしゃべり続けた後「じゃあ寝まっか」と言った次の瞬間には寝ていたらしい。すぐ寝られるのと同様、起きた瞬間からもう陽気であるという。本人曰く、「寝ないのではなく寝られない」という一種の病気であることを医者から診断されており、睡眠導入剤を使って無理やり寝ることもある。これは何かを背負って頑張ってしまう父親譲りの遺伝的体質(性格)に由来するのではないかとのこと。

[編集] 趣味・嗜好

* デビュー当時は勉強家で、古典的なコメディ映画などを熱心にビデオなどで見て、自分の笑いの糧にしたという。
* いわゆるテレビっ子であり、芸人の活躍する番組は多くチェックしている。家にいる時間はほとんどテレビを見ており、睡眠時間を極度に削って、ゴールデンから深夜番組まで何でも見ている。そのため、他の大御所芸人とは違い、若手芸人のネタなどを何でも知っており、中堅芸人(雨上がり決死隊・くりぃむしちゅーなど)でさえも気を抜けないという。特にアメトーークはよく見ていて雨上がり決死隊の宮迫曰く「前アメトーークのスタジオに恋のから騒ぎに出てた女の子が居った」とさんまが発言していたらしい。またさんまは、その当時流行している言葉等を自分で真似る、もしくは連呼することが多い。波田陽区をテレビで観たさんまが、「残念!」などの決め台詞を真似し、そのことが波田のブレイクに大きく影響を与えたとも言われる。また、NHK『爆笑オンエアバトル』の熱心な視聴者であり、同時に本番組を高く評価している。後輩に「お前らが出なアカン番組は『爆笑オンエアバトル』や!」とも発言したことがある。『明石家さんちゃんねる』では「1人で酒を飲むとき」という話題で、「夜中に『爆笑オンエアバトル』を見ながら酒を飲む。そして、(つまらなかった芸人を見て)『オレもまだまだ大丈夫』と安心する」と発言した。
* 大のスポーツ好きであり、運動神経抜群と自ら豪語する。高校時代はサッカー部に所属(県大会決勝まで勝ち進んだ経験あり)。1980年代には「ザ・ミイラ」という芸能人サッカーチームのエースストライカーとして活躍した(このチームには木梨憲武や島崎俊郎、植草克秀なども所属)。ザ・ミイラは(Jリーグ開幕以前の)日本サッカー人気低迷期にオールスター戦の前座試合に出場するなど協力を惜しまなかった。このため、現在でもサッカー関係者との親交も深い。また観るのも大好きで、夜通しCSのスポーツ専門チャンネルを良く見る。そのためオリンピックやサッカーFIFAワールドカップの特別番組で数回キャスターを務めたことがあり、番組中のトークでも他のタレントと違いスポーツに対する造詣が深いことが伺われる。
* 番組出演時に自らの理想の女性についてよく語る。その理想の女性とは『うる星やつら』のラムと『タッチ』の浅倉南である。さんまはかわいくて一途(ラム)で清楚かつ優しい(南)女性が理想であると言われる。ラムを好きな理由は、「浮気をしても電撃だけで許してくれるから」だと言っている。歌のうまい共演者に「ラムのラブソング」を歌わせることがある(「あんまりそわそわしないで……」のフレーズが好きと言っている。例:加藤貴子-G1グルーパー、木村拓哉-さんタクなど)。最近ではメグ・ライアンが理想の女性と言っている。
* 薬師丸ひろ子、石原真理絵、内田有紀、広末涼子、米倉涼子など、時代の変遷とともに好みの女性が変わる。最近の若手新人アイドルでは上戸彩、長澤まさみ、大塚愛、相沢紗世の4人が好みとも発言している(上戸が『恋のから騒ぎ』出演時、発言。後に『さんまのまんま』に、大塚が出演したときも発言している)。
* 萌える設定として、しばしば「白いセーターを膝にすっぽり被せて体育座りをし、『知んないよ…。いなくなっても知んないよ……』と呟く女性を後ろから抱き締める」というものを挙げている。
* 納豆が苦手で、本人曰く「腐ったものを食べてまで健康になりたくない」。前妻大竹しのぶやその家族にも「納豆だけは自分の目の前で食べないでくれ」と言い、冷蔵庫に置くのも見えない位置に隠してもらっていたと本人が語っている(離婚間際は隠してもらえなくなり、目の前でも食べられた)。
* 愛娘の影響で近年はヒップホップ音楽を愛聴しており、(エミネムが特にお気に入り)時々腕を組んでラッパーの真似をすることがある。また、「子供の頃のビヨンセは『天使にラブ・ソングを…』に出ていた!」としばしば発言しているが、おそらく『天使にラヴ・ソングを…2』に出演していた、若き日のローリン・ヒルと勘違いしている(2006年12月2日の『ヤングタウン』での「前略のコーナー」直前の発言からこの勘違いは修正されている様子)。
* チェーンスモーカーであり、さんまのまんまでは、よく喫煙しながらトークするシーンが見られる(ただし、目上の人や、未成年がゲストで登場した場合は基本的には吸わない。しかし、目上(年上)でもやしきたかじんなど、親しいゲストの場合は喫煙することもある)。中谷美紀がゲストにきたとき、さんまは中谷にどんな男性が好みか聞いた。中谷が「煙草を吸わない人」と答えると急に不機嫌になり、中谷に対して「わがままだ」などと口に出してしまったことがある。また、東京から大阪に移動する際に新幹線を使用するのは移動中に喫煙したいためであり、JR東日本が全面禁煙になる事を嘆いていた。後輩の村上ショージが禁煙した際には「そこまでして長生きしてどうする?」と述べている。
* 犬の話題が好きでトーク中にチワワの会話になると機嫌がよくなる。娘にウェルシュ・コーギー犬(名前はルル)をプレゼントする。その子供の内1匹はガダルカナル・タカがもらった。

[編集] 競馬

* 競馬に詳しく、2003年・2004年のJRAのイメージキャラクターを務めた。時々番組内で競馬について語り、フジテレビの競馬番組「うまッチ!」内に「さんま馬主プロジェクト」なる企画が登場。手始めに「マイネル」の冠号で知られるラフィアン・ターフマンクラブの岡田繁幸が妻岡田美佐子名義で所有する競走馬に馬名を付けて欲しいとのことで「シャチョマンユウキ」と命名。喜劇映画の名作『社長漫遊記』にちなんでいるが、JRAの規定により9文字以下でなければならないため「ウ」が抜けた。また、後日他の牝馬にも「シアワセナンダッケ」と命名された。
* 2004年の日本ダービーに岡田の妻、岡田美佐子が所有するコスモバルクで勝負し惨敗。コスモバルクの枠が5枠(黄色)だったため、黄色のスーツに黄色のネクタイを着用。表彰式では勝利したキングカメハメハの手綱を取った安藤勝己に対してトロフィー等のプレゼンターを勤めた。
* 同郷の杉本清(大和高田市出身)とも親交があり、桜花賞、天皇賞(春・秋)、日本ダービー、宝塚記念、菊花賞、エリザベス女王杯、ジャパンカップ、有馬記念の前日には「サタうま!」で予想トークをする。また年末に「夢競馬」として1年間のGI振り返りトークする番組がある(両番組とも関西テレビ制作である)。

[編集] 親交関係

* 同じ世代ということで親交のある中村勘九郎(現・中村勘三郎)の依頼もあり、NHK大河ドラマ『元禄繚乱』にゲスト出演する(遊郭の主人役)。その際、遊興にふける勘九郎扮する大石内蔵助に「嫁ハンには気を付けや」とアドリブを入れる(内蔵助の妻、りく役はさんまの元妻・大竹しのぶ)が、オンエアではカットされていた。
* 以前はラジオ番組などで「合コンは嫌い、何が楽しいか分からない」と熱弁していたが、現在では合コン大王としても有名。ことあるごとに関根勤、渡辺正行、ガダルカナル・タカ、笑福亭笑瓶、松尾伴内らと合コンをしている。芸能界の遊び王である津川雅彦、奥田瑛二とも合コン仲間である。
* また、アナウンサー(主にフジテレビ出身)関連では、内田恭子、八木亜希子、千野志麻、佐々木恭子らとは仕事で知り合い、たまに食事をする程度である。
* オーストラリアのゴールドコーストに結婚していた時に購入した別荘を所有しており、かつてはこのローン支払いをトークの話題に上げていた。年末から翌年のお正月にかけて約2週間滞在するのが恒例で、村上ショージ・ラサール石井・佐藤浩市も毎年同行する。また、同じオーストラリアに別荘を持つ星野仙一・和田アキ子・板東英二らと合流してゴルフをするのが恒例行事。この滞在中にも昼夜問わずしゃべりまくり、2004年正月には同行していた一般の友人夫婦がさんまのしゃべり過ぎ、夜中までの談義で倒れ、病院に運ばれたことが村上ショージの暴露で明らかになった。声をかけられると誰にでも手を振るため、2006年の正月には空港で個人輸入業者と間違われ、面倒くささから反抗してしまい現地警察で数時間拘留されたという。

[編集] 仕事

* 一部の番組では自ら企画構成も行っている。その時の名義は本名の「杉本高文」としている。
* 『さんまのまんま』に若手女性タレントや若手女優が出演すると、泣かせてしまうことが多い。酒井法子、山瀬まみ、羽野晶紀、西田ひかるなどが泣かされた。また、別番組の『さんまのSUPERからくりTV』では小倉優子を泣せた。放送中に泣かせたタレントのマネージャーから謝罪を突きつけられることが多かったが、「現場は戦場や!」と断言するさんまは拒否し、「泣くぐらいやったら俺の番組に出んなよ!」と言い負かしたこともある。それ程、すぐ泣く芸能人に対しては厳しい一面があるが、あとで楽屋に謝罪に行くなどフォローも怠らない。
* 関西ローカルで『痛快!明石家電視台』(大阪収録)、『ヤングタウン土曜日』(東京収録)の2本の番組があるが、これは「大阪の番組という初心を忘れないため」だと言われている。本人は、女性問題で一時期干された時にラジオの若手スタッフだけがかばってくれ、そのスタッフがそのままテレビに行ったので(義理で出ないと)しゃあないと語っていた。
* 年末から翌年のお正月にかけてオーストラリアに滞在するためクリスマス明けからお正月の生放送番組には出演せず、年末の仕事終わりは『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』となる。その代わりクリスマスの特番には多く出演している。
* 番組制作スタッフとの確執からか、1985年以降テレビ東京制作番組、1995年以降テレビ朝日制作番組には一切出演していない。テレビ東京では司会を務めていた深夜番組『サタデーナイトショー』が高視聴率にも関わらず打ち切られた背景がある(理由はお色気番組が視聴率トップでは体裁が悪いという上層部からの指摘だった)。テレビ朝日に関しては、司会を務めていた『さんまのナンでもダービー』が打ち切られたという背景がある(その後は『ま、いっか。』、『ミュージックステーション』などにゲスト出演した)。ただし、テレ朝系でも朝日放送(ABC)制作番組には現在でも出演している。NHKの出演もほとんどない(1999年のNHK大河ドラマ『元禄繚乱』に出演した)。1980年代後半は東京のテレビ局に関して言えばフジテレビにしかレギュラー出演しなかったりと、テレビ出演には特定の局に偏る傾向がある。三宅恵介、加茂裕治(共にフジテレビ)、吉川圭三、菅賢治、小川通仁(共に日本テレビ)ら親密なディレクター・プロデューサーらと二人三脚で番組作りをすることが多い。オフィスぼくら社長である岩立良作や藤沢めぐみ、大岩賞介などの構成作家がさんまの主なブレーンとなっている。
* さんまは客を馬鹿にしないタイプである。ある番組で理由を「(つきあっている)女は横でしゃべり続けるとすぐに笑わなくなり、飽きて俺のことをうっとうしがってくる。しかしお客さんは自分から進んで話を聞きに来て笑ってくれる。こんなにうれしいことはない」と語っている。しかし上述のように、トークの邪魔になったりテンポを狂わされたりすると、素人相手でも本気でダメ出しをする。

[編集] 私生活

* 石原真理子著の『ふぞろいな秘密』で関係のあった人物として名指しで公表される(詳しくは後述)。
* よく番組内で共演者が「さんまさんは普段からあの調子でベラベラしゃべっている」と言うことがあるが、実際そのままであると言われ、『痛快!明石家電視台』の収録の為の新幹線内では、隣同士に座る共演者の松尾伴内と行き帰りの4時間以上、ずっとしゃべり続けており、宮迫博之から「他の乗客は疲れて寝たいサラリーマンの人達ばかりなのに、ずっと二人がしゃべり続けているから寝れなくて困っている」と言われている。喉への負担も大きく、寝起き時はかすれた声しか出ない。
* ジミー大西、間寛平、村上ショージ、笑福亭笑瓶、松尾伴内、フットボールアワーの岩尾、そして大泉洋には絶対生まれ変わりたくないらしい。
* 滅多に体調を崩さない。そのため、37度の微熱でも当人にはとても辛く感じられるという。風邪を引いたときは、みかんを食べて太陽に向かって走ると言う(実際にやった東野幸治は逆に悪化したという)。
* 運転免許は娘が産まれた後取得した。当時運転手だったジミー大西の仕事を無くさせない為のことだったらしい。ジミーが運転免許取得にかかった費用は全てさんま持ちで車一台買える金額がかかったらしい。
* 2006年にビルを購入している。理由の一つに仲間である三宅恵介(フジテレビゼネラルディレクター)の息子である舞踊家の花柳輔蔵の稽古場の為。

[編集] 家族

* 実母とは幼少時に死別している。また、1983年4月に弟が火事で焼死し、実父は2006年2月4日に死去。この亡き父親は、グラビアアイドル山本梓の父親と姻戚関係にある。ちなみに弟の焼死の際には家業(上記参照)とのからみで、関西のスポーツ紙見出しは「さんま丸焼け」と書かれていた。
* 実父は、さんまが噺家(芸人・芸能人)になるのを反対していたようだが、さんまが売れた後、「カラオケスナック・さんま」を開店するという手のひら返しをした。また、電話で本名の高文でなく、さんまと呼ぶようになりショックを受けたそうだ。
* 1988年9月、女優の大竹しのぶと結婚、長女・いまるが誕生するが、1992年9月に離婚。その後は独身を続けている。
* 前妻の大竹とは離婚した今も仲がいい。よく大竹とその母、子供などと旅行など遊びに行ったり、大竹の家を訪ねたりしているらしい。テレビの番組において、さんまがしのぶの話をネタとして使い、しのぶからおっとりと突込みが入るパターンは定番となっている。しのぶは、家族の名前が数字の語呂合わせになる(いまるの「い」で1、二千翔の「に」が2、さんまの「さん」が3、しのぶの「し」が4)ことから「今は3がいない」とネタにしたこともある。しかし、復縁は双方とも否定している。このように、さほど仲が悪いように見えないにも関わらず離婚し、その後さんまのトークに離婚関連のネタがおもしろおかしく語られることから、一部の芸人の間では「あれは(トークネタを作るための)偽装離婚だったのではないか」という説が流れたらしい。
* 子供には「お父さん」と呼ばせず「ボス」と呼ばせている。本人はその理由を、常々自分という人間は父親という器ではなく、昔から「ボス」と呼ばせるのが夢だったと語っているが、実際のところは大竹の死別した前夫(演出家の服部晴治)との息子である二千翔(にちか)がいるからと言われている。彼とさんまは非常に仲が良く、当初大竹と結婚した際、人見知りが激しく誰にも懐かなかった二千翔がさんまには懐いたという。大竹との間にいまるが生まれた後も、帰宅した際はまず二千翔と抱き合った後、いまるの元へ行ったというほど分け隔てなく愛情を注いだ。そのため離婚の際も、二千翔は「ボスの方に行く」と言い張ったという。その関係は現在も良好で、自身のラジオ番組等では、娘と同様よく話題に上る。
* 座右の銘は「生きてるだけで丸もうけ」であり、さんま曰く、長女の名前も座右の銘から「いまる」と名付けたとしているが、大竹は「今を生きる」から名付けたと言っている。名前が公表されているにもかかわらずさんまの番組などでは顔出ししたことが一切無かったが、2006年、大竹が出版した自叙伝の中で二人の顔が初めて公開された。『27時間テレビ』・今夜は眠れないのコーナーで、大竹や長男の二千翔(にちか)とともに電話出演が一度ある。
* 2006年7月23日放送の『おしゃれイズム夏の60分SP』によると、現在のところ再婚する気満々らしい。あと、番組中にいまるが3歳の時に製作した父の日の初めてのプレゼントを宝物として紹介し、形が悪いなどと文句も述べていたが本人はかなり大事にとっていると言われる。
o その際、MCの上田晋也がギャグで上記のプレゼントに触れ、「これ、何すか?」「これは置いといて、他のさんまさんのご自慢品を紹介して下さいよ」とさんまにふり、激怒されていた。

[編集] ひょうきん族

* 1981年にビートたけしや島田紳助などとともにフジテレビ系のバラエティ番組『オレたちひょうきん族』にレギュラー出演。これを期に全国規模の人気者となる。
o 人気の火種となったコーナー「THE タケちゃんマン」の敵役・ブラックデビルは、当初は高田純次が務めていたが、第2回収録前に高田がおたふく風邪で入院し、代役として急遽さんまが抜擢され好評を得、それ以後レギュラーを勝ち取った。
o 出演当初は、春風亭小朝と即席漫才コンビを組んで出演したこともある。
* 1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故では、事故機に搭乗予定だったが、搭乗を1便早めたために事故に巻き込まれなかった。当時東京~大阪間の移動にいつも使っていたのが同便で、事故当日は『オレたちひょうきん族』の収録が中止となったために1本早い便に搭乗。その日は月曜日で、ラジオのレギュラー番組『MBSヤングタウン』の生放送があった。番組は殆どが事故の報道となっていたが、途中でさんまが登場し、事故の報道以外は音楽を流すことをリスナーに告げ「もう今日はしゃあないやろ」とぼやき、その後はずっと音楽が流されていた。これ以降ショックでしばらく仕事が手につかず、これ以後移動手段を新幹線に変更した。また、このような苦い経験があったにもかかわらず、後に日本航空の「JAL飛びサスケ」のCMに出演したことについては各方面で賛否両論の声があがった。
* 『ひょうきん族』時代、「パーデンネン」に化けていたさんまは、派手な服装や髪型で有名だった芳村真理から「さんまちゃん、派手ねー」と言われたことがある。芳村は当時フジテレビの歌番組『夜のヒットスタジオDELUXE』の司会をしており、1985年に同番組の放送曜日が変更となってから、収録日が『ひょうきん族』と同じ水曜日になっていた。さんまは未だにこのエピソードが強烈に記憶に残っており、『夜ヒット』あるいは芳村真理と言えば真っ先にこのエピソードを紹介することが多い。また、芳村の代名詞ともなっていた「どうもー」という挨拶であるが、芳村本人が「どうもー」を言ったことは少なく、実際にはさんまが『ひょうきん族』などで芳村の物真似をしていた中で「どうもー」を連発していたことから、芳村=「どうもー」のイメージが定着してしまった。
* 私生活で女性の出入りが激しいことが語り伝えられ、本人もそれを否定せず「日本一の最低男」と開き直り「笑っていいとも!」の出演コーナー名にもなった。女性関係の詳細を知る紳助が『ひょうきん族』のコント劇の中で、さんまの住むマンションの前でさんまの帰りを待つ女性を演じ、さんま及び付き合っている女性しか知り得ないような内輪ネタを披露するというシリーズがあった。さんまに冷たくあしらわれた女性(紳助)がぽつりと漏らす「寒い…」という台詞も定番ギャグとなった。
* 1987年、『笑っていいとも!』のトークコーナーで、吉永小百合のファンであるタモリをいじるため、楽曲中に「鹿のふん」という吉永らしからぬ歌詞が出て来る「奈良の春日野」を発掘・放送、大きな話題を集めた。レコードは吉永の許諾の元再発売され、フライデー襲撃事件でたけし不在となっていた『ひょうきん族』でもこの曲を流用。そこではさんまが着ぐるみを着て踊っていた。
* 「ひょうきんニュース」のコーナーに出演する時は、本名の「杉本高文」を名乗っていた。
* 数々演じてきたキャラクターの中で「パーデンネン」だけは恥ずかしかったと語る。逆に一番好きだったキャラクターは「ブラックデビル」。一方、たけしがさんまのキャラで一番好きだったのは、わずか3週で消えた「サラリーマン」である。カルチャークラブのボーイ・ジョージにパーデンネンの格好を見られたとき"You crazy"と言われた。
* 番組終了後、フジテレビの美術スタッフから歴代キャラクターのフィギュアを贈られ、宝物にしている。
* 「ひょうきんベストテン」の初代司会者である。

[編集] その他のエピソード

[編集] 子供時代

* さんまの出身小学校には、小学生当時捕まえたももんがが展示されているらしい。また当時「ももんがを捕まえた少年」として話題になった。
* 高校時代に運動会の徒競走で「よーいドン」と共に後ろへ逆走した。その結果、運動会は一時中断しさんま含む8人の悪ふざけグループは正座させられ、教師に竹の旗で頭を叩かれる。ある一人に対しての音が「バシッ」ではなく「ポコン」だった為さんまは笑いをこらえ下を向いていた。その時教師に全校生徒に「見てみろ!杉本が泣いてるぞ!こんな男でも反省するんだ、杉本泣いてるな?」の言葉にさんまは「プッ」と吹き出してしまった。それを見た教師はさんまを追いかけ腕を掴んで怒られている時に、新聞部の生徒が写真を撮った。後に番組でその写真が見つかり長嶋一茂が「Tシャツにしてください」ということで、2007年の『さんま・中居の今夜も眠れない』でそのTシャツを着て出演した。ちなみにそのTシャツには写真と「Please!! give me a break?」の文字が描かれていた。

[編集] 内弟子時代

* 1974年2月、県立奈良商業高校3年の時に2代目笑福亭松之助に弟子入り。下積み時代は兵庫県西宮市甲子園に在住。当初の芸名は「笑福亭さんま」。
* 入門の動機は花月劇場で見た松之助の新作落語が面白かったから。初めて顔を合わせた際、「なんでワシのところに入門してきた?」と松之助に言われたさんまは「あんたにはセンスがある」と言った。さんまとしては素直な気持ちを伝えただけなのだが、不遜な発言である。だが、逆に松之助は「おおきに」と礼を言った。入門生活は、丸刈りにされること以外はあまり厳しくなく、放任主義だったという。また、さんまが東京へ駆け落ちを理由に入門生活をすっぽかして飛び出し、その後破局して帰ってきても松之助はさんまを破門せずに暖かく迎えたというエピソードがある(師匠の奥さんから家に入るようにうながされても断り、師匠に借りていた本か着物を返すという口実で玄関前で立って待っていた。帰宅した師匠は普段と変わらずに迎え入れてくれた)。
* 駆け落ちによる破門騒動(実際は破門などの事実は無いが、周りのタレントはそう呼んでいる)があり、松之助も「笑福亭の屋号やったら協会からの目も厳しいやろうから」と配慮。松之助の本名「明石徳三」から「明石家さんま」と命名され、「初代形態模写家元・明石家さんま」を襲名する。そして、芸に対しての厳しさを師匠から教わった。
* 改名については落語の出来ない「笑福亭」はいかがなものか?と、松之助の兄弟子6代目笑福亭松鶴から問われ、それじゃ変えてやるわということで松之助が変えたと言う説もある(ABCテレビ「ナンバ壱番館」で松之助自身が語っていた)。また、4代目林家染丸の証言によれば、さんまは内弟子時代、真摯に落語に取り組んでいたようである。勉強会にも参加し、結構熱心だったという(1979年には関西で最も古い落語会「「上方落語をきく会」」では一度だけ出演し「播州めぐり」を演じた。ちなみにこの日の出演者は3代目桂べかこ(現在の3代目桂南光)、笑福亭鶴光、桂朝丸(現在の2代目桂ざこば)、笑福亭鶴瓶、桂三枝、桂枝雀という豪華な出演人だった)。
* 今いくよ・くるよの二人は当時のさんまについて「ものすごく凛々しい好青年やった。正座して師匠の着物整頓してて…」と話している。
* この時に春風亭小朝と出会っている。

[編集] 関西ローカル時代

* 1975年、『11PM』(日本テレビ系)でテレビデビューを果たす。「落語家の成人式」というテーマだったが、さんまは師匠・松之助の忠告により営業用の赤いブレザーを着用。また番組内で、女性漫才コンビ「海原千里・万里」の海原千里(現在の上沼恵美子)から、「SEXの四十八手以外に知っている技がある人は?」という質問に対し、「逆さ十文字落としでぇ~す」と答えて技を説明した。スタジオは爆笑だったが司会の藤本義一から「テレビで言って良いことと悪いことがあるぐらい覚えておきなさい!」と叱責される。しかし、横山やすしには気に入られ、その後やすしの家に招待された。また、この放送を見ていた松之助は、この件を大いに絶賛している。
* 1976年に毎日放送(MBSテレビ)の人気番組『ヤングおー!おー!』に出演。「チャッピー」と名付けられ、司会の桂三枝の愛と厳しさに育まれながら、次第に頭角をあらわす。番組内ユニット「ザ・パンダ」(先代林家小染・月亭八方・桂きん枝・桂文珍)を改編してさんまをメインにした「さんまアンド大阪スペシャル」(SOS)を立ち上げ、諸先輩を差し置いて1コーナーを任されるまでになる(当時のキャッチフレーズ「おれは大阪のさんまや!」)。その後、プロ野球阪神タイガースの小林繁投手の投球フォームを形態模写して評判になり、関西を中心にアイドル的な人気を勝ち取る。そして、1980年より、10年余りにわたる同番組司会を卒業することとなった三枝からの指名によって後継司会者の座に付き、番組終了時まで2年9ヶ月にわたり晩期の同番組の大黒柱として活躍した。
* 兄弟子に当たる五所の家小禄と漫才コンビを組んでいたことがある(その当時のVTRは現在もよみうりテレビに残されている)。
* 駆け出しの頃は、よく同期の紳助と二人で遊園地などに営業に行っていた。この他、同期にはオール巨人、桂小枝らがいる。また中川一美(寿一実)と一緒に新喜劇の舞台で共演していた事がある。
* 1979年、関西テレビで午後7時から放送された番組『誰がカバやねんロックンロールショー』の司会を担当。同名のバンドや、紳助・竜介らと共演し、関西の若者を中心に人気を呼んだ。
* 1979年、シングル「Mr.アンダースロー」で歌手デビュー。大阪ガスのCM曲だったこのシングルは、オリコンの大阪チャートで1位を獲得した。キャッチコピーは「頼れるエースはアンダースロー」。「CMが放映されブレイクしていた時に、番組内で『燃料といえば?』と振られたので、あえて『練炭』と答え大爆笑を誘ったが、ガスのCMから降ろされてしまった」と本人はネタにしている。
* また、『花王名人劇場』(関西テレビ制作 フジテレビ系)の『裸の大将放浪記』で、和菓子屋ぎおん堂の番頭としてゲスト出演。芦屋雁之助演ずる山下清をいびりまくる演技で、注目を受ける。

[編集] 1980年代前半

* 20代の頃は、芸能人オールスター運動会で、田原俊彦など当時人気絶頂のアイドル相手に空気を読まずにリレーで先着したことがある。番組関係者からこってり怒られたとも言われる。
* 1984年6月22日、『笑っていいとも!』に出演した作家の有吉佐和子が、「テレフォンショッキング」で42分間にわたるおしゃべりで番組をジャックした際、あまりのしゃべりの長さに有吉に食って掛かり大喧嘩の様相を呈した。その2ヵ月後の8月30日、有吉が急性心不全で死亡し、タモリが「あの時お前が喧嘩したから死んだんだ」といいともの本番でネタにしていた。

[編集] 1980年代後半

* 1985年、サザンオールスターズのアルバム『KAMAKURA』のテレビCMに出演した。その時のギャラはCDウォークマン(当時の価格としては5万円相当と推測される)だけだったという話を多くのレギュラー番組で吹聴したが、実際のところは判然としていない(桑田佳祐はサザンの20周年特番内で本当だったとコメントしている。ただし、桑田もこのテのギャグが大好きなので真偽は依然曖昧なままである)。
* 1985年、第1回東京国際映画祭においてタモリとともに司会者をつとめる。後日、その司会ぶりが「ふざけた司会者」「ソフィー・マルソーに知っとるケと言う始末」と新聞紙面上で非難される。当時のレギュラーだった金曜日・笑っていいとも!でトークのネタにする。タモリといっしょに「始末か!オレたちは!」と叫び、挙手をしながら「私がやりました!」と言って笑いをとった。
* 1985年5月30日、『夕やけニャンニャン』のとんねるずのタイマンテレフォンに飛び入り出演し、石橋にけしかけられ、相手に向かって「おい○○、お前テメーコノヤローオメー!」とノリノリで挑発したが、相手に「何ですか一体。」とさらりと返され「なっなっ…何ですか一体ってお前こそ何やねんアホ~」と言い返すのが精一杯であった。
* 1986年10月6日放送のさんまのまんまにゲストで梓みちよが出た際、さんまが言った一言が梓の気に障ったようで、自分が飲んでいたシャンパンをさんまに2度かけた。それが週刊誌で騒がれ、後日お詫びとして梓から高いブレスレット(値段は不明)がさんまに送られてきたとさんま本人が語っている。
* 1987年、ナムコがファミリーコンピュータ用ソフト『さんまの名探偵』を発売し、ヒットする。
* 198X年XX月XX日、フジテレビの歌番組『夜のヒットスタジオ』にゲスト招待されたが、知っとるケのコント衣装のままで現れた。完全に失敗し、その当日出演のアイドル歌手・堀ちえみにも完全無視され、ゲストの外国人アーティストにも「アー・ユー・ア・シンガー?」と質問された。

[編集] 1990年代前半

* この頃には『オレたちひょうきん族』も終わり、またダウンタウンやウッチャンナンチャンなどの人気が急上昇してタレントとしては陰りが見え始めてきた。さんま自身も全国放送のゴールデンタイムのレギュラーがなくなったことで「さんま限界説」が業界内で囁かれたり、結婚によって守るものが出来たため、「このまま芸人を辞めてもいい」と思うようになっていた。それまで異性関係などがだらしない「日本一の最低男」として売っていたさんまが、「さんまのまんま」等で若手の俳優やタレントに人生訓を説教するような場面も見られるようになった。相手が若い女性タレントの場合は相手の欠点や間違いを事細かに指摘したあげく、最終的に泣かせてしまうことも多々あり、泣かされたタレント本人だけではなく視聴者にも嫌悪感を与えることが少なくなかった。しかし、1992年の離婚やバブル崩壊による借金などを契機に、守るものがなくなったさんまは仕事をこなすようになり、再び勢いを盛り返し始めた。そして『からくりTV』や『恋のから騒ぎ』といった人気番組を得るに至る(本人は、30代は子育ての為に仕事をセーブしていたのだが、このように言われて不本意だと語っていた)。
* 1993年12月、かねてから親交の深かった逸見政孝がガンで死去した際「逸見さんがテレビでガンを告白した時、『この人はもう帰ってこれないだろうな』と正直思いました。正直ね…」と、無念の表情で語った。
* この頃、東西の芸人(芸能人・タレントよりも狭義)でのゴルフコンペ「素人名人会」が行われており、さんまも常連参加者であった。ある回で第1打を打とうとしたところ、自慢のドライバーのヘッドがなぜか折れていて、シャフトだけを振りかぶっていた(同組の上岡龍太郎から「さんまくん、今日は釣りか」とつっこまれて気がつく)。錚々たるメンバーの揃った会でありながら、その中でも最も目立つことをしてしまい、参加メンバーの番組で軒並み語られることになる。
* 卓球の福原愛が幼少時、『明石家さんまのスポーツするぞ!大放送』に出演した時、さんまとの試合で敗北した際、福原が失敗するとさんまは大人気ない行為を行ったり、自分が成功すると大はしゃぎで喜んでいた為、番組中に泣かせたことがある。福原の主張によればこれはさんまがルール違反のサーブをした為で、それを今でも認めないさんまとは対立関係が続いている。(さんまの主張では、このとき福原が泣きながらこの変則サーブを母親に聞いた事から王子サーブを知ったそうだ。得意技の一つとなった王子サーブをさんまとの対戦を機に知ったとメディアで福原が言わないのはズルイらしい)アテネ五輪直後、現地で福原をゲストに呼んだ時は「日テレさん、福原愛を殴ってもいいですか?」と問題発言し、司会の柴田倫世アナらを慌てさせた。帰国後、別のアテネ特集番組で福原が台風で番組にこれなかった時、司会のさんまは「よかった~」「あの子、私に対してなんか反抗期なんですよ~」と胸を撫で下ろしていた。なお、福原は好きなTV番組によく『からくりTV』をあげる。
* 1995年のフジテレビ正月特番「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル」で研ナオコと白組キャプテンをつとめた際、紅組の斉藤ルミ子がシンディ・ローパーのまねをしたところ、本人が登場し、足を触ってもらってご満悦だった。そこでシンディ・ローパー本人が肩を抱き、あげくに持ち上げるパフォーマンスを行った。なお、同じく紅組の城之内早苗が小林幸子のものまねをする前のトークで、「セットじゃ足りないから、今度はきっと東京タワーを背負う」「その次はNHKホールを背負う」などと盛り上がったのはいいが、そこへ本人が登場し、研ともども、土下座して謝った。

[編集] 1990年代後半

* 1995年の夏、さんま主催の特番『明石家さんまのスポーツするぞ!大放送』で「オールスターフリースロー選手権」を開催。さんまの「俺はフリースローでは負けないぞという前年の発言が、フリースロー全国大会を実現させる引き金となった。
* 1995年の秋、長年レギュラーだった『笑っていいとも!』を卒業。
* 1996年、フジテレビの人気ドラマ番組『古畑任三郎』に出演、やり手の弁護士、小清水潔を熱演する。当初は売れないロックシンガーの役の予定だったが、プロットを聞いたさんまは脚本家の三谷幸喜に対して軽い気持ちで「弁護士と古畑が闘うってのはおもしろいんじゃない?」と提案。すると自らも法廷物が好きな三谷は快諾し脚本を書くが、余りにもセリフが多くなりそれを覚えられないさんまに対し、主演の田村正和が撮影中に「今度間違えたら自分が帰りますよ」と言ったという。さんまは撮影後、「法廷物はもう嫌だ」と漏らしたと言われている。しかし「しゃべりすぎた男」は古畑ファンからの評価も非常に高く、「汚れた王将」「ゲームの達人」と並んで古畑シリーズの傑作のひとつに挙げられる。ちなみに後に同作に出演したイチローが古畑シリーズで一番好きな作品は「しゃべりすぎた男」であるという(古畑任三郎FINALのホームページより)
* 1997年12月11日、『いいとも』・テレフォンショッキングで、前妻の大竹しのぶが「お友達を紹介してほしい」と言われた際、「友達じゃなくてもいいですか」と前置きした上で離婚した元夫・さんまを紹介し、さんまからも「友達ちゃうやろ!」と指摘され苦笑しつつ電話をする。これ以降、いいともでのさんまの出演はない。
* 1999年、「日本で最も露出の多いテレビスター」としてギネスブック世界記録認定。

[編集] 2000年代前半

2000年

* 7月7日、TBSのスーパーフライデー枠で、関西ローカルの『痛快!明石家電視台』が『明石家さんま生誕45年記念番組・大成功!明石家電視台』として一度だけ全国放送された。

2001年

* 『FNSオールスターズ27時間笑いの夢列島』では、当時放送していたバラエティー番組『明石家マンション物語』で演じていた「横山3兄弟」というキャラクターに扮して、27時間テレビ内のコーナー「クイズ$ミリオネア」に出演し9問連続正解するも100万円の問題(10問目)で不正解となる。また、解答中にライフラインとして前妻である大竹しのぶに生電話をするという離れ業を使う(翌年も「さんま・中居の今夜も眠れない」で大竹に生電話。子供の二千翔やいまるの声も電波に乗った)。
* 『すぽると!』(フジテレビ系)が『感動ファクトリー・すぽると!』だった時代、「工場長」をつとめており、土曜日の放送に不定期に作業服姿で出演していた。

2002年

* 阪神タイガース監督に親交のある星野仙一が就任した際「優勝したらパレードに参加して土下座します」と明言したが、その翌年の2003年に優勝。読売ジャイアンツファンであるさんまだが、約束通り11月3日のパレードに参加する予定だった。ところが星野監督が辞意を表明していたため、「自分がおふざけで行くわけにはいかない」と参加を辞退した(春のキャンプを訪れた際に星野からさんま用ユニフォームが用意されていたが、ユニフォーム背番号は800番であった。星野監督が選んだもので、理由は「嘘八百」から来ている)。またこの当日、さんま司会の優勝特別番組が朝日放送系列で全国放送され、星野監督他、主力選手達がゲスト出演した。この特番の関西地区での視聴率は33.4%と非常に高く、この結果についてさんまは「関西はおかしい」と冗談交じりに述べている。
* ドラマ『空から降る一億の星』でダブル主演を務めた木村拓哉と交友を深めたのがキッカケで、2003年1月3日に放送された『さんタク』をすることになったと言われている。2003年以降、毎年、お正月に放送されており、2005年には、ついに元日に放送された。この『さんタク』を始めたことにより、SMAPの中居正広『さんま・中居の今夜も眠れない』と木村拓哉『さんタク』それぞれと番組を持ったことになる。
* 2002 FIFAワールドカップの準決勝、韓国対ドイツ戦の中継が日本テレビ系列にて放送された際、韓国への渡航を拒否し、ドイツ代表のユニフォームを着用して、日本のスタジオで司会進行を務めた。これについて韓国サイドからは批判の声があがった。さんまは後に「ドイツ代表が好きだから、ユニホームを着てただけなのに」と語っている。

2004年

* 『さんまのSUPERからくりTV』で打倒・松岡修造を目標に「からくりテニス同好会」を結成するが、メンバーの上達の遅さに苦労した。初対戦となった2003年末SPでは最後はお見合い状態で敗れ雪辱を架けて挑んだリベンジ戦の第2戦(舞台は有明コロシアム)でも最後は浅田美代子のフォルトで敗れ、返り討ちにあってしまった。
* 2004年3月26日放送の『さんまのまんま』にやしきたかじんと共演(1990年代にも一度たかじんは同番組に出演していた。また、1995年1月15日にはさんまも『たかじん・ナオコのシャベタリーノ』にゲスト出演した)。この時は、たかじんの司会におけるスタイル(パネル芸など)に対して、駄目出しを連発した。
* 韓国ドラマ『冬のソナタ』の主演俳優であるペ・ヨンジュンが「ヨン様」と呼ばれて大人気となったことを受け、彼の髪型に似せたかつらを被り微笑を見せ、自らを「サン様」と称して笑いを取ることもある。
* この「サン様」は、日本テレビ系『恋のから騒ぎ』の「さんま 愛の説教部屋」のコーナーで、「ヨン様」のコスプレをしたことがきっかけで誕生。また2004年7月24日~25日に放送されたフジテレビ系『FNS27時間テレビ』内で、SMAPの中居正広と共演した『さんま・中居の今夜は眠れない』の中では、ヨン様についての話題になった際、ヨン様スマイルの真似をして自ら「似てる!」「俺の差し歯とヨン様の差し歯は同じメーカーや!」などと豪語、笑いを誘った。さらに、フジテレビ系『さんま・玉緒・美代子のいきあたりばったり珍道中inドイツ』でもオーケストラの演奏を聴くシーンで登場。
* この年の「彦八まつり」にこの年の実行委員長・笑福亭鶴瓶の要請に応える形で出演。混乱を避けるため、出演日は公表されなかった。当日落語を披露するという情報も手伝って、来場者が2日間で例年の2倍である10万人を超え、過去最多記録を更新した(着物姿で「大喜利ガバチョ!」に出演したものの、落語は口演しなかった)。

2005年

* 50歳の誕生日に「明石家さんまつり」を生放送する。
* 2005年には、「もっこりもこみち」(『恋のから騒ぎ』でから騒ぎメンバーが使っていた)等のフレーズを番組出演中に連呼していた。
* フジテレビ系列の25時間テレビ(2005年『FNS ALLSTARS あっつい25時間テレビやっぱ楽しくなければテレビじゃないもん!』)の一コーナー「さんま・中居の今夜も眠れない」で紳助と久々の共演を果たし、お互いの過去の恋愛話を暴露し合った。

[編集] 2000年代後半

2006年

* 『さんま・福澤のホンマでっか!?ニュースSP!』(2006年9月15日放送)で、前回(同年4月28日放送)の罰ゲームで安倍晋三(2006年4月の時点では官房長官)を焼肉店へ連れて行くという約束をし、日付まで決まっていたが、その日に北朝鮮がテポドンを発射したためそれどころではなくなってしまったというエピソードを披露した。
* 所萬遊記で、所ジョージがさんまがかねてから熱望していた「コカ・コーラ」のCM出演