伊集院光
ブログからのネタの種
- JUNK2終了
- のがいいわけよ。で、バツラジ終わったらJUNKね。ただね、全JUNKの中で唯一残念な番組があるんだよね。月曜 伊集院光 火曜 爆笑問題 水曜 雨上がり決死隊 木曜 アンタッチャブル 金曜 おぎやはぎ さてこの中でどれが残念でしょーか?ってもうわかっちゃうよね。ガンワカレレだよね
2008/09/06 06:37:25 [夢をつづる日々] - 〔streetJack〕ダンクMAX
- イクジューグループキャラクター(多め) 次点 :『StreetJack』の表紙の 加藤ローサ (芸能人)『真説・ リュージュ の起源』:『 深夜の馬鹿力 』での 伊集院光 のトークより(名トーク) *1 :ただ活動開始いきまっせ?♪(笑) @@ぬぬ?おっちに本・・ あまじょん売り切れでっか?*****
2008/09/06 06:04:11 [streetJack] - 理想の展開…キター!!!( ・∀・
- 月→バナナマンのバナナムーン 火→新番組 水→エレ片のコント太郎 木→新番組 金→おぎやはぎのメガネびいき JUNK125:00〜27:00 月→伊集院光の深夜の馬鹿力 火→爆笑問題カーボーイ 水→雨上がり決死隊のべしゃりブリンッ 木→アンタッチャブルのシカゴマンゴ 金→極楽とんぼ加藤浩次の吠え魂 いやーJUNK1に
2008/09/06 04:17:45 [野球と日記と時々オタク] - 〔宇治原史規〕08 6月23日(月
- 英二 ・斎藤佑樹 ・金村義明 ・牛島和彦 ・宇治原史規 ・立浪和義 ・定岡正二 ・工藤公康 ・原辰徳 ・上重聡 ・清原和博 ・ダルビッシュ有 この人名をみて 思い浮かぶ伊集院光さん 小島よしおさん 柴田理恵さん 高木晋哉さん 山崎静代さん 林家正蔵さん 小出真保さん 村上健志さん 宇治原史規さん
2008/09/06 03:31:29 [宇治原史規] - 〔ゴールド〕免許証
- ムネリンや和田などカワイコちゃんが映ってる時に、突然ごついオッサンが映ってビックリするんだけど、それは大抵ゴネゴールド佐藤(BY伊集院光)か、マー君です(笑) うちの母親が、『日本代表は顔基準で選んだのかしら?』とボソッと言ってたんですけど
2008/09/06 02:25:38 [ゴールド] - アンケート結果「伊集院光が元落語家だって知っ
- リスログで「伊集院光が元落語家だって知っていましたか?」というアンケートをとって見ました。200人近くが参加してくれたのですが、今現在は69%が知っているという結果です。楽太郎師匠とテレビに出たりして弟子だってTVで話
2008/09/06 01:52:19 [テレビの伊集院光はニセモノだ!〜 あなた] - 今日の夕方4:30〜テレビ朝日系「人生
- ました。ウエッブのテレビ情報サイトの、番組表には 「芸人6組漢字の語呂合わせ披露 髭男爵ほか 出演 / 大塚範一 大下容子 石田純一 坂下千里 子 伊集院光」 「人気芸人が教えてくれる漢字の覚え方スペシ ャル」登場は髭男爵、山本高広、アントキの猪木 …。難漢字を語呂合わせで覚え
2008/09/06 00:28:37 [100yencoinforchildrenintheworld] - Resolution「宇治原史規」
- 院?)。範一さん 青木さやかさん 草野満代さん 徳光正行さん 吉田照美さん インテリ芸人軍団 春風亭小朝さん ロザン*宇治原史規さん 小島よしおさん 伊集院光さん 世界のナベアツさん(ジャリズム*渡辺あつむさやる夫がパティシエになるそうです 猫の金玉くらいの小さなサイズキタ━━━━━━(゜
2008/09/05 22:11:22 [宇治原史規] - 面白は正義!
- 、さっさと直して、また面白を書いていきたいと思います。療養のために暗い感じのネタを書くかもしんないけど、勘弁。追記に今週の伊集院光・深夜の馬鹿力内 「いつまでも絶えることなく友達でいようコーナー」 で一番好きだったネタ。このコーナー
2008/09/05 21:46:24 [早く大人になりたいな] - ダダ1号のおばけだぞーーー
- だったかは、忘れてしまいましたが、タレントの伊集院 光さんの「霊能者というものへの考察」だそうです。見たことのある方も多いんじゃないでしょうか?↓ ↓ ↓ まずみんなが集まっているところに伊集院が行って ポッケからタバコの箱を出して
2008/09/05 21:09:02 [ダダ1号の地球日記]
はてブ注目エントリーからのネタの種
- ネットカフェ難民ではなくても努力している人は例の対策をどう思うかという話 - 空気を読まない中杜カズサ
- 伊集院光がヤンキー先生の発言に怒った話 以前、ネットでもちょっと話題になりましたが、爆笑問題司会の政治討論系番組で、ヤンキー先生こと義家弘介氏の不良の重視政策(具体的には「不良に説明をわからせるために、何時間もホームルームなどで費やす」)に対し、同じく参加していた伊集院光さんが強く反論したという話があります。伊集院さんは「その、不良のために...
2008/09/06 10:39:15 [] - 現実は藤子不二雄Aのブラックユーモア短編を超える - 空気を読まない中杜カズサ
- こんなスレがありました。 ■藤子・F・不二雄VS藤子不二雄A スレを見ると、どちらの先生の作品も好きな人が多いよなと感じます。しかしみんなよく知ってるね。嬉しいけど(引用が漫画サロン板ってのもありますが)。 何かと世間一般では藤子・F・不二雄先生の影響が大きくて、A先生に比べて持ち上げられているような印象があります。それは超巨大ヒット作『ドラえもん...
2008/09/06 10:39:15 [] - 東京鵺々:ポニョを描いた日。 - livedoor Blog(ブログ)
- 「ぽぉ~にょぽぉ~にょぽにょ♪」 伊集院光のラジオの所為で、この曲を聴くとおじいちゃんの金玉しか思いつかない体になってしまった。 製作時間4時間、使用レイヤー3枚、下書き無し。 女の子描くより数倍楽。 そう言えば今日、ついカッとして今年初めてクーラーを起動させた。 クーラーからは、カビ臭い中にもお線香の香りを漂わせる、ちょっと不思議な風が吹いた。 ...
2008/09/06 10:39:15 [] - やまなしなひび−Diary SIDE− エロが簡単に手に入ってしまう時代の未成年たちへ
- もう1ヶ月くらい前の話題ですが、それからずっと忘れられなかったことなので今日は記事にします。 今更こんな忠告を書いても意味ないでしょうが、エロビデオとかエロ本の話題なのでえっちな話が苦手な人は読まない方が良いかも知れません。別に僕の記事はエロくないですけど。 「エロビデオを友達同士で集まって観たことがあるのか」 軍曹改め、王改め、ワン...
2008/09/06 10:39:15 [] - 犯人が伊集院光のラジオを聞いていたら秋葉原事件は起きなかったかもしれない - Cheshire Life
- 今更だが、先日の授業を受けた後で先日の秋葉原の事件に、犯人の直接的暴力以外の暴力はなかったのか、考えてみた。 僕は高校の時に10-FEETをよく聞いていて、最近は伊集院光のラジオばっかり聞いている。はてなで日記を書いているし、Twitterのコミュニティも毎日顔を出している。何故これらを僕が好んでいるのかというと、今の日本社会には確実にないものが共通してここ...
2008/09/06 10:39:15 [] - 小・中と、男子からバイ菌あつかいされきた私が通りますよっと
- http://anond.hatelabo.jp/20080622033714増田の日記を読んで封印してたルサンチマンが開いちった。泣けてくる通り越して胃酸あふれちゃうらめぇぇぇ。はてブの全力善意球にも、もんどりうっちまう!http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20080622033714こういう人とは普通に友達になりたいけどなぁ。昔の私にちょっと似てる。友達になりたいなあと思った。ト・モ・ダ・チ!それをはてブ...
2008/09/06 10:39:15 [] - 他の人が『知っているはず』という認識はあくまで主観であり不確実だということ - 空気を読まない中杜カズサ
- 数日前に書いた『『ねるねるねるね』のお婆さんはまだ生きてるし『電脳コイル』にも出てるという話』が妙に広まっているので、ちょっと驚いています。というのもこれ、調べてみるとあちこちで言われているように、数年に一度は話題になるネタなのですよね。私も確証は持てなかったので今回調べ直したのですが、それまでも「死んだ」という噂と同時に「いや生きていて...
2008/09/06 10:39:15 [] - サブカル殺し:みうらじゅん編
- 真木よう子のことを書いていたら、ついでにサブカル界のことをいろいろ書きたくなりました。誰にも全く共感されないだろうけど言っておきたいことがあります。 みうらじゅんって、そんなにいいか? たまに、というか結構な割合で、みうらじゅんのことをやたらと神聖視している人に会ったりすることがあります。その度に心の中にもくもくとわき上がる違和感が、どうし...
2008/09/06 10:39:15 [] - 「死ねばいいのに」というギャグについて再掲。 - Scott’s scribble - 雑記。
- 聞き上手は一日にしてならず/『はてな』はサービス業失格 - 琥珀色の戯言 本筋とは関係無いんだけど、ちょっと気になったというか、残しておきたくなったので。 Scott’s scribble - 雑記。: はてブが2ch化してるように思うんだが。 浜田のダウンタウンDXにおける「しねばいいのに」ってギャグは条件があるからこそ成立している。 ・実際には「しねばいいのに」とは欠片も思っ...
2008/09/06 10:39:15 [] - 半径ワンクリック以内における「中二病」の意味の変遷 - 他人の断片 - 断片部
- おととしくらいには非モテ系のジャーゴンだったと記憶しているのだけど、いつの間にやら、専ら「ゲームや小説などのフィクションにおける幼稚な設定」を意味するようになっている。むしろ現在の用法の方が、伊集院光によるオリジナルの意味に近い? よくわからない。
2008/09/06 10:39:15 [] - Interview with Webmasters | 「昔愛しまくった漫画のレビューをやりたい!」 イラスト付きマンガレビューサイト・きなこ餅コミック
- 今回のゲストはイラスト付きマンガレビューサイトきなこ餅コミックのゆすら榛梧さんです。 それと、犬も犬の本棚というマンガブログをやっています。 というわけで、今回はマンガレビューサイト管理人同士の会話という状況です。 犬 お名前とサイト名をお願いします ゆすら ゆすら榛梧です。 「きなこ餅コミック」というイラスト付き漫画レビューサイト ……を、目標と...
2008/09/06 10:39:15 [] - おばけの辞典 - トップページ
- の中の人である lastline が Twitter などで付いた嘘をまとめるページ。 伊集院光の深夜の馬鹿力での嘘蓄(ウソチク)のような嘘を150字程度で。
2008/09/06 10:39:15 [] - メカAG - 「オタクはすでに死んでいる」
- 遅ればせながら岡田斗司夫の「オタクはすでに死んでいる」を読んでみた。それにしても別人だよなぁ、写真が。いくら痩せたといってもこんなに変わるものなのか??ちなみに本の中程には「昔の筆者」として長州小力みたいな写真が載っている。長州小力→伊集院光→現在は何だ?七変化ですな(笑岡田って案外考えが浅いなと思う部分と割と深く考えてたんだと思う部分があ...
2008/09/06 10:39:15 [] - なぜ視聴者参加番組は減ったのか。 - 空気を読まない中杜カズサ
- このようなニュースがありました。 ■「住宅都市整理公団」別棟:ドボク・サミット / もう素人はテレビ出演をありがたがらない そこのブクマコメントで「素人参加型の番組が減少したように、テレビの制作側にプロではない人を統制して面白い番組を作る能力がなくなってきているように思う。そう思うとウルトラクイズとかは奇跡的だったよなあ。」と言うことを書いたので...
2008/09/06 10:39:15 [] - 深夜の馬鹿力がニコニコ動画から消えた件と生放送の価値 - Cheshire Life
- 僕がニコニコを見ていた唯一の価値がとうとう消えた。いつかは消えるだろうと綱渡りをする気持ちで浪人中に毎日聞いていたのだが、大学に入り新生活がはじまって、ようやくネットに繋いだときにはもう消えていた。 伊集院光は生放送に命をかけている。偽長澤まさみ事件や倖田來未の失言事件のときなど、ことあるごとに「向こうはどうせ録音だろ?こっちは生だというこ...
2008/09/06 10:39:15 []
Wikipediaサマリーなネタの種
伊集院 光(いじゅういん ひかる、本名:篠岡 建(しのおか けん)、旧姓:田中、1967年11月7日 - )は、日本のタレント、ラジオパーソナリティ、評論家。元落語家。星企画(三遊亭圓楽一門が所属する芸能事務所)、フリーを経て、現在はホリプロ所属。東京都荒川区西尾久出身。身長183cm。体重125kg (前後5kgぐらいは常に変動している)。荒川区立尾久西小学校、荒川区立第七中学校卒業、東京都立足立新田高等学校中退。
人物
大柄な体型から「デブタレント」、豊富な雑学知識から「うんちくタレント」としても活躍している。小学校時代には「屁理屈おばけ」と言われた事があり、それを自虐ネタとして使うこともある。ラジオでは、「うんちくは前世の人々が残してきたモノなので限界がある。早くうんちくブームは去ってほしい。」ともらしたことも。クイズ番組出演時は、簡単だったり一般的な問題は平均程度だが、難解な問題の方が推理したり昔ちょっと見たのを覚えていたりなどして得意であり、只一人正解できたり驚愕されることが多い。
ラジオでの彼は「黒い伊集院」と呼ばれる(深夜の馬鹿力第87回では、自ら「ラメ伊集院」とも)ほどの毒舌で熱狂的なファンが多く(熱狂的なファンからは”痴豚様”の愛称でも親しまれている)、聴取率が非常に高いため「ラジオの神様」と形容されることもある。なおテレビに出ている時は「白い伊集院」、映画に出演した際は「金の伊集院」である(黒い伊集院を「毛むくじゃらの伊集院」>「毛集院」、白い伊集院を「微笑みの伊集院」>「ホ集院」と云うときもある)。以前『踊る!さんま御殿!!』へ友人であるピエール瀧と出演した際、瀧から「伊集院はラジオでは毒舌かましてるくせに、テレビではいい人ぶってる」と暴露され、明石家さんまから「お前、嫌なブタやなぁ~!おかしいと思ってたわ!」と言われる。伊集院自身も動揺しまくっていたが最終的に「ラジオではキャラが変わってしまう」と認めていた。
[編集] 略歴・エピソード
[編集] 落語家時代
三ツ組橘は、圓楽一門の定紋である
三ツ組橘は、圓楽一門の定紋である
1984年7月、落語家三遊亭楽太郎に入門。三遊亭 楽大(さんゆうてい らくだい)として活動をはじめる。入門する際に5代目三遊亭圓楽から「田中」の「田」を取って「三遊亭田楽(でんがく)」という名を頂いたが、当時の伊集院(田中建青年)は「それ嫌だなぁ」と、あろうことかこれを拒否。隣で楽太郎が冷や汗をかく中、圓楽が「君は大きいな!じゃ『楽大』!」と言い、それで名が決まったと2003年の楽太郎一門会に出演した際に明かしていた。
楽太郎入門のいきさつは諸説あるが、2003年の楽太郎一門会での本人の弁によると、伊集院の父親の知り合いである“吉河さん”が紹介してくれた為。後に“吉河さん”は大師匠である5代目三遊亭圓楽の実弟である事が判明した。その後、高校3年の2月に高校を中退。
楽太郎から伝授された噺は40-50席以上。
1988年に二つ目昇進。入門5年目の同年には第17回NHK新人落語コンクール(現:NHK新人演芸大賞「落語の部」)本選に「子褒め」で出場を果たしている(他の本選出場の4人はいずれも修行年数が10年以上)。
正月興行の際に圓楽の物真似で寄席若竹の悪口を言った為、圓楽本人にたっぷり油を絞られたという。
当時は自身の古典落語に自信を持っていたが、楽太郎宅において20代中頃の7代目立川談志の落語「雛鍔」のテープを聴き、自信を失った事が噺家を辞めた理由の一つと語った事もある。自身の番組に談志がゲスト出演した際に、このエピソードを話したところ、「辞める理由が見つかってよかったじゃねぇか。本当の所はその理由かもしれないけど、本当の本当はただ辞めたかったからなんだよ。」と返された。
この対談は録音にて放送されたが、ある意味的を射た発言に伊集院は絶句し、次の言葉が出るまでにかなりの時間を要したと語っていた。尊敬する芸人としてイッセー尾形と共に談志を挙げる事が多い。落語の道を諦めた他の理由として、(太り過ぎて)正座するのが辛くなったからと答えることもある。
また、師匠楽太郎と何回か共演したことがある。テレビでは2007年12月、クイズプレゼンバラエティー Qさま!!など。
現在三遊亭楽大の名は楽太郎門下に入門した他の落語家に受け継がれ、活躍中である(三遊亭楽大を参照、両国寄席などに定期出演)。通常、廃業した人間の名は余程の事がない限り継がれないが、この名を継がせることに関しては、楽太郎から伊集院に説明があったという。
[編集] ラジオ(ニッポン放送時代 : 1987 - 1995年)
伊集院光という名前でデビューしたのは、楽太郎に隠れてラジオ番組へ出演した事がきっかけだった。元兄弟子の初代三遊亭花楽京(現放送作家:石田章洋)からの誘い(誘いと言っても、人数合わせのサクラに近い)により、楽太郎に隠れてニッポン放送のオーディション番組『激突!あごはずしショー』(1987年10月 - 1988年3月)に出場し(3人来て1人が)合格。他の2人が、ラジオ番組なのに顔まねをするなど到底合格出来ないものだったと本人は語っている。当時のキャッチフレーズは『オペラの怪人』。
『激突!あごはずしショー』出場に際して楽太郎に想像されない名前で出ようということで、『オールナイトニッポン』(水曜2部 1988年5月 - 1990年3月、金曜2部 1990年4月 - 1990年10月)の安岡喜郎ディレクター(2005年現在は日本テレビのチーフプロデューサー)が考案した伊集院光と綾小路遥(東京太郎との説も有り:ニッポン放送開局50周年記念番組にて本人談)の芸名二択より選択した。但し、『激突!あごはずしショー』は勝ち抜き形式のオーディション番組であったため、一度敗退後、二度目は綾小路遥の芸名で四週程度出場した。一時期、事実と異なるプロフィール(青森県出身等)を自称していた理由も、師匠にバレないためだったと言われる。
安岡がラジオパーソナリティー伊集院光の育ての親であると伊集院自身も語っている。伊集院光が使用していたという「元ディレクターの昔の彼女名義の電話回線」のディレクターとは安岡のこと。現在でも絶対に頭の上がらない人として三遊亭楽太郎と共に氏を挙げる。
当初はギャグオペラ歌手という肩書きであった。『激突!あごはずしショー』の優勝賞品として、『山口良一のそれゆけ!土曜日行進曲』のレポーターとして採用。そのキャラクターを安岡ディレクターによって見出され、1988年に同局の『オールナイトニッポン』(水曜2部)で活動開始(1990年には金曜2部に移動)。
並行して落語家としての活動も続けていたが(『笑点』の若手大喜利にも出演)、人名に見える単語というネタから架空のアイドルをデビューさせてしまった芳賀ゆい(はがゆい)プロジェクトなどで話題にのぼる。程無く別名での活動が落語業界内で問題になり、落語家としての籍を離れる(破門ではなく自主廃業)。しかし、2003年4月には三遊亭楽太郎一門会へ出演させる等、楽太郎は未だに身内として扱っている。
また、伊集院がオールナイトニッポン水曜二部を担当していた際に同日の一部を担当していたのが、当時筋肉少女帯のボーカリストであった大槻ケンヂだった。1989年3月には2人で『光ケンヂのオールナイトニッポン』という企画を行っている(当時、人気絶頂期であった光GENJIをもじったもの。案の定、ジャニーズファンからの抗議は凄まじかったらしく、「背中を切られた」ことがあった事を後に語る。)これが縁で、筋肉少女帯の「これでいいのだ」という曲にコーラスで参加していたりする。
更に、当時1部の前には「上柳昌彦のぽっぷん王国」があり、水曜日に放送時間帯が連続する上柳昌彦、大槻ケンヂ、伊集院光の3人を総称して、「バカばっかしの水曜日」というフレーズが水曜日の3番組内で多用された。この頃、大槻ケンヂが笑っていいとも!のテレホンショッキングで伊集院光を紹介しようとしたが、当時の知名度の低さからスタッフに「誰ですかそれ?」と言われ紹介できなかった。1991年より同局「伊集院光のOh!デカナイト」でブレイクするに至る。
当時、非常に人気のあった三宅裕司のヤングパラダイス(1983年4月 - 1990年3月まで月曜 - 木曜の22:00 - 24:00)が三宅裕司の降板に伴い終了することとなり、オールナイトニッポン金曜2部のレギュラーであった伊集院光と、内海ゆたお(現在、芸名を「ゆたか」と改めて漫才コンビ笑組として活動中)の二人が後番組の最終選考に選ばれた。その結果、当時伊集院よりも無名であった内海ゆたおが選ばれ、内海ゆたおの夜はドッカーン!(1990 年4月2日 - 1991年2月28日)が開始された。新聞に全面広告を掲載するなど大々的なプロモーションもあり人気番組となったが、精神的なプレッシャーのために 11ヶ月で降板することになり、「伊集院光のOh!デカナイト」(1991年3月1日 - 1995年4月27日)が開始されることとなった。
* 落語家として二ツ目に昇進した際、師匠三遊亭楽太郎に連れられ各放送局を挨拶回りするが、その際ニッポン放送では既にラジオ番組を開始しており、落語家であることを知らなかった一部のニッポン放送社員は三遊亭楽太郎の後を歩く伊集院を不思議そうに見つめていたらしい。
[編集] オペラネタ
*
o 曲名:マーメイド伝説より人魚の真実
「嵐の夜に僕を助けた美しい君、本当はマーメイド。
金の髪に透き通る瞳、そして何より生臭い」
o 曲名:ゾンビの腋臭は気にならない
「ゾンビの腋臭は気にならない」
o 曲名:鰹風味のふんどし(味の素「ほんだし」サウンドロゴのリズムで)
「鰹風味のふんどし」
o 曲名:大きな栗の木の下で
「大きな声のただのデブ」
o 曲名:恋人が三太夫(恋人がサンタクロースのリズムで)
「恋人が三太夫 毒蝮三太夫」
o 曲名:エイズの歌(四季の歌のリズムで)
「猿を愛した人が最初のエイズです」
o 曲名:恐山のイタコ(Oh Sole Mioのリズムで)
「恐山のイタコ」
o 曲名:静香の眉間(♪静かな湖畔の森のかげから~のリズムで)
「静香の眉間にシワがよっている 工藤工藤 工藤工藤工藤」
o 曲名:(およげたいやきくんのリズムで)
「今井美樹 今井美樹 お口がでっかいのぉ♪」
* ギャグオペラ歌手という肩書きを名乗っていたため、本当のオペラ歌手と勘違いされたのか、オペラ風に唄うという仕事依頼が時々あった(『笑っていいとも!』『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』や『なるなるみになる』のCM等)。このキャラクターを維持するためにオペラについて勉強せねばならず苦労することなり、ホリプロ移籍以降はギャグオペラ歌手を名乗っていない。なお、一般リスナーに対し落語家としての経歴を白状したのは、「Oh!デカナイト」の途中からであった。ギャグオペラ歌手を自称していた当時の自分を示す主語は「私」が多かったが、以降は「俺」「僕」が多い。
* オールナイトニッポンや伊集院光の初TV番組である冗談画報では、「足立新田高校声楽科中退」(※足立新田高校に声楽科は存在しない)と自称していた。また、冗談画報では父の職業をクラリネット奏者としていた(後日、父親は趣味の一つとしてフルートを演奏したというエピソードを語ったこともあり)。
* 『激突!あごはずしショー』のグランドチャンピオン大会で優勝し、グランプリ賞品であるダイハツ・リーザ、大阪一泊二日旅行を獲得した(大阪旅行はもう一組の上位入賞者も獲得)。但し、大阪旅行は翌週の大阪大会(会場:心斎橋筋2丁目劇場)に出場するため。大阪大会でのゲスト審査員は、当時初の看板番組『4時ですよ~だ』でブレイクしたダウンタウンであった。ダウンタウン松本からは「最後の人(伊集院)ね、最後の人はほんとになんかお金になりそうでしたね」と評された。
* 伊集院光という少女漫画主役のような芸名だった為、ラジオで伊集院のファンになった女性が伊集院の姿を見たとき「うそつき、詐欺師」と伊集院を罵ったことがあるらしい。(出待ちをしていた女性に泣きながら逃げられたこともあった)ラジオの企画で作った冊子「深読み言葉辞典」には、リスナーより美化された想像図を投稿され、それを見て焦っている自画像が挿絵として載っている(ちなみにイラストも得意である)。
* ニッポン放送時代は「ニッポン放送・デブの番組」(同時期に松村邦洋もニッポン放送で番組をしていた)で葉書がちゃんと番組に届くという逸話まで残っているほど(深夜の馬鹿力でも「6チャンのラジオの方」という宛名に「伊集院の似顔絵」を添えただけの葉書が番組に届いたことがある)であった。ただし、郵便番号だけで放送局までは届く仕組み(大口郵便番号)にはなっている。
* 「Oh!デカナイト」の企画で久保こーじと組み、「荒川ラップブラザーズ」のクレジットでラップのCDも出している(シングル、アルバム各1枚)。略して「ARB」。(2007年2月に3曲のみ通信カラオケDAMにて配信された)
* 「Oh!デカナイト」時代迄は電車移動をしていた様で、有楽町駅から徒歩でニッポン放送へ向かう伊集院の姿がよく目撃された。
* 「Oh!デカナイト」時代、経済的に一人立ち出来たので(家族との確執もあった為か)念願であった一人暮らしを世田谷区下北沢で始める。近くに幼稚園があり、その環境について番組内でネタにしたり、同じマンションに住んでいた小学生男児と友達になり、学校から帰ってきたその子供が伊集院の部屋に来て一緒にスーパーファミコンをやる仲になった等の逸話もある。この話は何度か番組内で話していた。また、当時着る服が無くなった為、深夜近所のコインランドリーでパンツ一丁になり着ていた服を洗濯していたところ、偶然入ってきた人に「パンツ一丁のデブが居て驚かれた」という話も番組内でネタにしていた。
* 1995年4 月にOh!デカナイトを降板する。このことについて伊集院自身は「居酒屋で局長を一本背負いしてしまいニッポン放送を追放された」とよくネタにしているが、実際は上層部(森谷和郎(現・編成局長)と宮本幸一(現・常務))と対立したことが原因と見られる。他にも意に添わない企画をやらされたり、番組スタッフがどんどん交代してしまい意思疎通が思うように行かなくなった等、現場介入が激しくなったとの理由もあるらしい。また、当時ニッポン放送と角川書店が大々的に宣伝していた映画「REX 恐竜物語」に肩入れしている姿勢や、同時期に降板した電気グルーヴ同様、強制参加的なストップ・ジ・エイズキャンペーンにうんざりしたという話もある。そのため追放に近い形での降板であり(5月は改変期ではないのに番組が終わっている)、その後もゲストとしてすら呼ばれていない(ニッポン放送が有楽町からお台場に移る際の特番歴代パーソナリティーのリレーにも呼ばれなかった。ただ、その後2004年に行われた、開局50周年記念日スペシャル番組で一度だけ出演している)。また、TBSで番組開始後はスペシャルウィークの際には必ず伊集院の番組の同時間帯(月曜25時)に通常のオールナイトニッポンではなく大物ゲストパーソナリティーが行うスペシャル版をぶつけるという戦略がとられているのも彼らの意向という説がある。
* 1995年10月からはTBSラジオの深夜番組「深夜の馬鹿力」を開始し、主なラジオの活動の場所をTBSラジオへ移す(同様にニッポン放送からTBSラジオへ移動したパーソナリティに宮川賢や天野ひろゆきなどがいる)。
[編集] ラジオ(TBSラジオ時代 : 1995-)
* ニッポン放送での番組終了後、TBSラジオとTOKYO FMより新番組の誘いを受けたが、TOKYO FMではスタジオ内絶対禁煙なのに対し、TBSラジオではスタジオ内での喫煙が黙認されると当時の永田守ディレクターより言われたことが、TBSラジオでの番組(伊集院光 深夜の馬鹿力)を選んだ理由の一つになったらしい。永田守ディレクターは、ニッポン放送で「伊集院光のOh!デカナイト」を生放送中のCM時間にスタジオへ入って伊集院をTBSラジオに誘い、また呆気に取られるニッポン放送のスタッフへピザを振る舞って帰って行ったらしい。その際永田守ディレクターがどうしてニッポン放送に入れたのかは不明である(伊集院がメイン司会者だったTBS系のテレビ番組「素敵な気分De!」が打ち切りとなった際、同番組のプロデューサーだった永田はオーデカフライデースペシャルに出演しており、その際のエピソードがアレンジされている可能性もある)。また、2006年2月12日放送の日曜日の秘密基地番組内にて、最近J-WAVEから新番組のオファーがあったことを明かした。
* TBSラジオでの活動は好評を博し、2000年には小桜局長がコロッケパーティーを開催(ナイスプレー賞受賞)。また、2001年にはTBSラジオから「ゴールデンマイク賞」を授与され、2002年には放送批評懇談会から「ギャラクシー賞DJ パーソナリティ賞」を授与されるなど、輝かしい経歴を積み重ねており、日本を代表するラジオパーソナリティに成長した(ギャラクシー賞の授賞式では、「深夜の馬鹿力」番組内の企画として、成人用紙オムツを装着して壇上で放尿しながら受賞スピーチ)。また、TBSでは日曜日の秘密基地という番組も持っており、この番組の2006年2月のスペシャルウィーク企画「どこの誰かは知らないけれど、話してみたらスゲー人スペシャル」にてギャラクシー大賞ラジオ部門を受賞。
* なお、毎年大晦日に在京3局(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送)が持ち回りで担当していた全民放AMラジオ局およびラジオたんぱ合同の「ゆく年くる年」では、ニッポン放送時代に1992→1993年を、TBSラジオ時代には1996→1997年・1999→2000年と3度パーソナリティーを担当した。
* 2001年に授与された「ゴールデンマイク賞」のトロフィーを自局の番組で、「プロデューサーより偉い人から中止命令が出なければリスナーにプレゼント」という危ない企画を実行するが、やはりというべきか番組最後に局長からの電話が入り中止となった。
* ちなみに、「深夜の馬鹿力」は伊集院がファンである北海道日本ハムファイターズのフランチャイズである北海道を放送エリアとするHBCでも放送されている。
* TBSの時報音については常々文句があり、深夜の馬鹿力中に鳴る2時の時報(伊集院だけが使う通称:面白時報)を揶揄することが多いが、時報メロディーは身内スタッフの仕事であったりする。(面白時報とコーナーのネタが被ることでネタの面白さが損なわれることを嫌い、2時頃にコーナーを行う場合は時報と被らないようにトークで繋ぐなどして、過ぎるのを待つことが多い。)
* TBSラジオで10年間続けてきた自身の昼のラジオ番組を、2008年の3月で降板することを表明。打ち切りではなく、自身の希望による降板であることを明かした上で、「最近、自分のラジオに対するスタンスが空回りしている。もう一度原点に立ち返って本当に面白いラジオ番組について真剣に向き合いたい」と番組内で説明した。
[編集] テレビ・映画
* 俳優としても活動。1996年に伊丹十三監督の映画『スーパーの女』に出演。1997年に伊丹の遺作『マルタイの女』にも出演する。「マルタイの女」撮影時、伊集院は「深夜の馬鹿力」の企画でかなり減量していた(145kg→95kg)。太っている伊集院を想定した配役であったため、ラジオの企画が終了し再び太るまでの間、映画の撮影は中断された。伊集院がテレビ等で撮影エピソードを語る際には、「伊丹十三をデブ待ちさせた男」と自称していた。
* 1997年に、浅野温子主演のTBS系の学園ドラマ「職員室」で、中高生向けのラジオ番組のパーソナリティ役として出演した(カーラジオから流れる声のみ)。
* フジ系ドラマ古畑任三郎に出演。舞台はクイズ番組。唐沢寿明演じるクイズ王に殺害される番組スタッフ役(衣裳担当)であった。
* ちなみに、同局系ドラマ踊る大捜査線にも出演している。深津絵里の演じる女性刑事を追い回すストーカー役。なお、この役は本来、別の人物(内山信二)が演じる予定だったものが、急遽自分に回ってきたことが台本の不備によって分かり、自身のラジオ番組などでネタにしている。
* ショムニ・ファイナルにも出演。万帆カンパニーに警備システムを勧めに来る営業マン役。万帆社内で盗み食いなどをして、警備システムの必要性を感じさせて契約しようという自作自演をしたが、結局ばれてしまった。自身のラジオ番組内で、(本物の)汗を死ぬほどかいていたらワセリンでの汗メイクを命じられたメイクさんが監督に「そんなに汗は普通かかねーだろ!」と罵倒され、メイクさんに申し訳なく思ったという。
* ∀ガンダム劇場版のパンフレット冒頭で作品に対するコメントを書いているが、伊集院本人は基本的にガンダムの一作目(機動戦士ガンダム)以外には疎い。
* テレビ朝日系「銭形金太郎」では青いツナギを着て登場(2004年3月まで)。ビンボーレポートでビンボーさん宅の風呂場のドアや玄関や床を壊したことから、「破壊王」の異名を持つ。必ずビンボーさん宅の風呂に入ることでも有名で、脱ぐと視聴率が上がる。(スタッフから風呂には入るように、食べ物は食べてみるように言われていたらしい)
* 雑学の知識を競うテレビ朝日系列の「全国一斉○○テスト」に出演したが、カラテカの矢部太郎やアンガールズの山根良顕に破れ第三位という結果となった。優勝は矢部太郎。
* 2005年8月14日放送「全国一斉○○テスト」に出演し、強豪アンガールズの山根良顕を破って優勝に返り咲く。
* 2005年9月25日放送「全国一斉○○テストスペシャル」では、カラテカの矢部太郎を押さえ優勝。賞金100万円を獲得。
* 2005年12月30日放送、テレビ朝日系列の「芸人雑学王No.1決定戦」では、3位で優勝ならず。優勝は東貴博。
* 2006年6月29日放送「爆笑問題の検索ちゃん2時間スペシャル 芸人雑学王No.1決定戦」では知らない問題でも読みが冴え渡り、アンガールズの山根良顕、東貴博などを押さえ優勝。
* 2007年1月8日放送、テレビ朝日系列の「芸人雑学王・最強No.1決定戦」では、序盤の問題で苦戦するも問題が難しくなるごとに自身の経験から推理した回答が次々当たり、東貴博と同率で優勝。
* 以前はTBSオールスター感謝祭によく出ていて、そこそこの賞金を獲っていたが(10~100万円程)、スポーツ魂が始まったので出られなくなった(感謝祭が土曜日に放送の裏番組になるため)。
[編集] 野球
高校時代は野球部に所属しており、今も大の野球好き。プロ野球選手は年齢に関係なく尊敬しているため、年下や新人でも敬語で話す。キャンプを見るのが大好き。取材以外でも見に行ったことがある。プロ野球選手が一生懸命練習している姿を見ると感動するらしい。
小学生の頃から社会人野球のファンとなり、後楽園球場(のち東京ドーム)で開催されている都市対抗野球大会に一人で通い、様々な企業の社歌を覚えていた。
その後、プロ野球の日本ハムのファンとなる。ファンとなったきっかけは、初めて見に行った日本ハムの試合でホームランを打った千藤三樹男選手からサインを貰ったことにあるらしい。その際の「明日も来いよ」の言葉に感激しファンになったのだとも語っている。のちにチームの中心選手であった小笠原道大を「近寄りがたい」となるべく避けており、自身の番組に小笠原をゲストに呼んだが、本人は終始緊張気味であった。
チームの生え抜きで2000本安打を達成した田中幸雄選手(引退)の大ファンであり、外様の新庄や巨人にFA移籍した小笠原に対しては、あまり愛着のあるような態度は示していない。現在は、森本稀哲を無名時代に「なぜあのはげ頭に注目しないのか」と強く押していた程度で好きな選手はいないようである。
仕事上、プロ野球選手と直に触れ合う機会もあるがあくまで一ファンとしての立場で接し、電話番号を交換したり友人のようになる事は避けている。
東京ドームの近くへ引っ越して数年で日本ハムファイターズの北海道移転が発表され、ガッカリした(しかも引越しとほぼ同時に小笠原モデルのファーストミットを購入したにもかかわらず、その直後、小笠原はサードにコンバートされた)というエピソードがある。
日本ハムファンを自認しているにもかかわらず、『熱血ドラゴンズ宣言』(中京テレビ)という中日ドラゴンズ応援番組を任されていたことがある(番組を引き受ける際には、日本シリーズで日本ハム対中日になった際には日本ハムを応援する事を承諾してもらったらしい。番組降板後の2006年、2007年にそれが実現することとなる)。そのため、セ・リーグでは中日を応援している。しかし、伊集院がスタジアムに取材に行った日はドラゴンズの勝率が悪く、当時の高木守道監督に名指しで「来るな!」と言われた。現在、『スポケン!』(メ~テレ)というレギュラー番組を名古屋で持っており、この番組はスポーツ全般を扱う番組であるが、当然ながら中日に関することも多く採り上げている。
取材の一環として中日のキャンプを体験。落合ノックを受けた。
また、オールナイトニッポンを始めた当初は、セ・リーグでは、その日本ハムに日本シリーズで勝った巨人のファンになった、という発言もしていたが、近年は自身のラジオにおいてその金満振りや横暴さを度々批判しており、現在はアンチ巨人であると思われる。
さらに2005年にはHBCラジオで放送された札幌ドームでの日本ハム戦放送へ数回特別ゲストとして出演した。
2006年、日本ハムがパ・リーグ優勝、ならびに日本一を決めた日はテレビ東京の優勝特番出演のため札幌ドームで観戦している。また、特番ではハムのかぶり物をかぶって出演した。
上記の特番終了後にスタッフと食事へ行った際、店の客に「(タレントの)仕事で好きでもないチームを応援するのも大変だな」と言うような事を言われ憤慨。その際口が滑って「お前らなんか、たかだか(北海道に移転してきた後の)ここ2~3年のファンだろう!こちとらファイターズ創立時からのファンだ!」と啖呵を切る。絡んできた客はあまりの剣幕に謝罪したが、北海道に住んでいる(であろう)他の客とスタッフからは白い目で見られたという。
大の野球好きで高校球児でもあったが、けっして運動神経が良いほうではない。現在は、ラジオ番組スタッフを中心に構成された草野球チーム「花王ヘルシアXファイルズ」のエースで4番を勤める。伊集院と交流の深いアンタッチャブル、サンドウィッチマンも同チームに参加している。また、いつでも草野球ができるようにするために、敵チームとして若手芸人を中心に「Big Assholes」も同時に構成(スポンサード期限終了により現在は「Big Assholes」に一本化)。体重よりも速い球速を投げるのがささやかな夢。
基本的にセパ両リーグへ公平な野球眼を持っているため、特定球団に対して偏ったコメントを発する一部の野球解説者よりも、彼に野球解説を担当してもらう方が的確なコメントをするのではないかというプロ野球ファンもいる。
また、本を出す程、野球漫画には造詣が深く(伊集院は自ら考案した隠語で「球漫」と呼んでいる)、「巨人の星」や「侍ジャイアンツ」を代表するような漫画のフィクション性を生かした奇想天外な物から選手引退後、スカウトに転身して新人発掘を目的に置いた物まで守備範囲は広い。特にハロルド作石の「ストッパー毒島」については「宇宙一の野球漫画」とベタ褒めしており、実際連載中ほぼ毎週ファンレターを出していたぐらいである。
深夜の馬鹿力で、「自分はヒルマンの野球が嫌い」と発言。発言の趣旨としては、スモール・ベースボールで「勝ちにこだわった野球をする」ようになり、勝ったり負けたりしてる頃からのファンである自分には、とにかく勝つ野球を見せるよりは、従来の勝ち方(例えばバントをしないなどの豪快なビッグボール。これは日本ハム伝統の野球スタイル)でいってほしかったと発言している。また、フロントの方針である若手を中心とした起用でベテラン(田中幸雄ら)を大事にしない点も批判している。
[編集] 家族
[編集] 実家
* 自身の家族構成(二親等内)は、父、母、兄、姉、弟であるが、実家の母や姉と仲が悪く連絡もほとんどしていない。父とは会話が少ないものの尊敬しているとのこと。
* 父は医薬品企業ライオンの研究員であり(最初はアンネ株式会社に勤めていた)、日本初の女性用生理用品「アンネナプキン」の開発を担当した。その他の開発商品は「シャワシャワ」(入浴剤)、「ゴキブリ全員集合」(ゴキブリの駆除剤)等。オールナイトニッポン番組内では薬剤師の資格を所持していると語ったことがあるため、薬学科を卒業したと考えられる。
* 父は伊集院曰く育ちが良いらしい。家族と話すときでも自分の事は「僕」という。
* 父は会社帰りに待ち合わせた伊集院と野球観戦へ行く為乗っていた電車内で、痴漢と間違われて駅員に事務所へ連れて行かれ手荷物を調べられることとなった。当初鞄は開けられないと固辞し、更にやっと開けた所生理用品(仕事で作っていた試作品)が一杯に詰まっていたため、大変怪しまれたというエピソードがある。
* 父は「大衆と同じ方同じ方に行くのは危険だ」ということを子供に言う性質で、それを極端に受け止め、流行を追わない人間になってしまったと伊集院は言う。日ハムファンになったのもみんながジャイアンツ・ファンであったからで、小学5年の頃日ハムファンが増えた時には社会人野球を、漫才ブームの時に落語を、とその後も「時流のちょっと横」を進む。そして、そんな自身を本人は嫌いではなく心地よく思っているという。
* 父は伊集院を含め自分の子を叱るとき、ホワイトボードや指示棒を用意し、それらを使って図を描いて見せるといった論理的な説教をしたという。例えば、「お母さんの怒りはこの矢印であらわすことができて、君(伊集院)の言い訳はこの方向の矢印であるから、方向性がずれて意味のない言い訳になっている。」というような説明だったとのこと。
* 父は幼少期の伊集院に対して「君、君(実子をこう呼ぶ)、惰眠を貪るとろくな大人にならないよ」と言い聞かせてあまり睡眠を取らせない方針で教育をしていたという。そのおかげか、現在の伊集院はあまり睡眠を取らない方が身体の調子がよい体質(俗に言うショートスリーパー)になってしまったそうである。本人曰く一日に3~4時間しか睡眠を取っていないらしい。
* 父は少年時代の伊集院の自慰行為を目撃しており、伊集院はそのエピソードをラジオ番組内(「深夜の馬鹿力」)で繰り返し語っている。その際の「そのまま続けなさい」という父の一言を、伊集院は面白おかしく明かしているものの、目撃された当時は涙し、直後に短期間の家出に走ったという。
* 母は父と職場で知り合う。
* 母は大変な料理好きであったらしく、生きた鯉の丸揚げ(揚がった後も鯉は生きたまま)など珍しい料理をよく作っていた。一時期、料理教室の先生もやっていたことがあるらしい。
* 姉は既婚だが、音信不通の為に苗字は知らない。本人曰く21歳の頃から会話をしてないが、奥さんは姉と話したことがあるらしい(2000年現在)。そして、姉とは26歳の頃から会っていないらしい。
* 姉には8万円借金がある。ビデオデッキを買う為に12万円借り、毎月2万円ずつ返す約束だったが結局4万円しか返済していないらしい。伊集院はどっかでちゃんとしないといけないと思っているが、姉とは音信不通の為返済できていない。
* 兄はアイドルおたくで、レコードを1000枚近く持つほどの筋金入りだった。尚且つそのレコードを名前で50音順に並べていたという。
* 兄はまた短波放送のマニアでもあり、スカイセンサーを所有し地方局の遠距離受信をしていたという。その兄に影響されて伊集院自身も兄と一緒に小学2年生頃からラジオを聴き始めており、現在のラジオパーソナリティーとしての下地の形成に大きく関わったといえる。ハガキ職人でもあった彼は伊集院の初期のラジオ番組にもよく投稿していたという。採用率も高かったようで「普段の兄貴からは想像出来ない面白さだった。ノベルティの送料がもったいないから帰宅後に投げつけていた」と伊集院は自身のラジオで語っている。
* 兄は東海大学卒業後、ナムコのゲームデザイナーとして『女神転生』の開発に携わった。
* 兄は13歳の時点で体重が30kgしかなく、栄養失調のポスターのモデルになったり、近所から家族へ虐待疑惑が出た。その為、母は兄と外出する際は必ず、伊集院(すでに丸々と太っていた)と3人で出掛け「決して食べさせてない訳では無いんですよ」と無言のアピールをしていたようだと、自身のラジオ内で語っている。(兄は10年後の大学卒業時には130kgまで増えたとの事)
* 弟とは何度か二人で海外旅行にもでかけており、家族内では最も仲が良いそうだ。オールナイトニッポンでパーソナリティーを始めた当初、日本シリーズのチケットを取るために弟を徹夜で行列させたと語っていた。
* 伊集院がラジオパーソナリティーになった時、家にあるラジオが姉の車(HONDA・シビック)に付いているカーラジオのみだった為、伊集院を除く5人が近所をノロノロ運転しながらラジオを聞いていたという。
* 幼少時、周囲から亡くなった母方の祖父にとてもよく似ていると言われたが、後に祖父母と母の間に血縁関係がない事を知らされた。つまり遺伝子的に祖父と似る理由はないが、不思議な事に亡くなった祖父とそっくりだったらしい。
* 父方の祖父は幼い伊集院をストリップ劇場へよく連れて行っていた。なお、そこで伊集院はストリップ嬢の方々によく可愛がられたとのこと。
* 伊集院の父も婿養子であったと語ることが多いが、厳密には異なる。戸籍上母は父方の籍に入っているが、共に田中家であったため母は旧姓から変わらず、しかも伊集院の父が母方の実家に住み、(母方の)田中家を継いだため実質的な婿養子になったという。 副次的に田中姓の親戚が多いらしい。
[編集] 自身の家庭
* 日本テレビ系『うるとら7:00』で共演したタレント・篠岡美佳と1995年11 月7日に結婚。男兄弟のいない彼女のため、婿養子となる。実家と仲が悪かったためか抵抗なく承諾したらしい。また、「平凡な本名が嫌で、苗字を変えたくて婿入りした」と語った事もある。「婿養子なので~。」というネタをしばしばテレビなどでみかける。深夜の馬鹿力の第1回放送では伊集院に放送開始を祝うメッセージを残している。夫人は「良く言えば天真爛漫」な性格らしい。また、夫人はタレントの大東めぐみやオセロの中島知子と仲が良いらしい。ちなみにオセロの中島は伊集院が家へ帰ったときにコタツで寝ていた事があった(中島が「深夜の馬鹿力」にゲスト出演した折の、伊集院の発言)。
* 伊集院のプロポーズの言葉は「恋愛なんて所詮勘違い。だったら僕と60年間勘違いしてみませんか?」。それを聞いた美佳夫人はそのまま伊集院の方を向かずに「余裕を持って100年で」と受けたと『爆笑問題の検索ちゃん』で告白している。また、プロポーズをしようと長野県の山奥にある蛍の養殖池に美佳婦人を連れて行ったが、雨の中山道を歩いたので美佳夫人は「殺される」と思ったとの事。そこで「僕はここに人を連れて来た事は無い。ずっと一人で来てたけど、これからずっと毎年二人で見に来る、いつかもしかしたら三人で見に来るようになったらいいと思わない?」と話したが、美佳夫人は蛍を見て「こいつら虫なのに凄い」と無視されたとのこと。伊集院は振られたのかと思ったら後日、考え過ぎでクサいのは嫌だと言われプロポーズし直したと語っている。また「プロポーズを決意した」行動に関しては数パターン語っており、「ヘルニアで入院をしている時に座薬を入れてもらい、その際に傷物にしたのだから責任とってとふざけて言ったら、結婚をOKされた」「自宅にて壁に書いた架空の友達の絵と会話していた時、引かないで友達を書き足して一緒に会話し始めた」などがある。(これについては全く逆の話を深夜の馬鹿力でしており、もう一人の女性と3人で伊集院の家を訪れた際、架空の人物に「←死ね」などと書いている一面の壁を見て、一人は恐怖に号泣したのだが、美佳さんは大爆笑しながら「私も書かせて」と書き足している姿を見て惚れたのだ。と云う話もある)
* 夫婦関係に関して、ラジオでは「カミさんにこんな事を言われた」などマイナス面要素を含んだ事を言う事が多いが、まれに「夫婦円満である」とコメントする。結婚当初は子供が欲しいと語ることもあったが子供はいない。男児が居ない夫人の実家から何度も督促され、夫人からも「高齢出産になるため、作るなら早く産みたい」と言われているが、伊集院に「自分と同じような性格の子供が生まれたら、その子供が不幸になる」・「女の子の場合、万が一自分に似てしまってはその子が不幸になる」という考えがあるため踏みとどまっているのではないかと推測されている。爆笑問題とのトークでは「好きで一緒にいるんだからいいじゃないか」「セックスレスである」と発言した。ただし過去に馬鹿力で自身の息子が生まれた(その手の話題・コーナの場合、名前は大抵「ケンイチ」で統一されている。)いう設定のコーナーを開始したり、2006年のラジオの放送内容からみると、子供が生まれてくる事を歓迎している向きもある。おそらく日本の若者向け深夜放送で「カミさんの愚痴」をネタにするのは、彼の他にはあまりいない(他には関根勤など)。深夜の馬鹿力初期には美佳さんも「替え歌のコーナー」などで時々出演していた、プレゼント応募のFAXを送ったこともある。
* 自分の実家とはあまり仲良くしようとしないのと対照的に、夫人の実家の篠岡家には婿養子ということもあってか、かなり気を遣っている。一時期義母がよく和歌山の有名店の太巻をくれることがあった。基本的に好き嫌いはないが、ほぼ唯一苦手なものが甘いおかずとご飯の組合わせであり、太巻き自体は好きだが中に入っている桜でんぶが好きではなかった。『とんねるずのみなさんのおかげでした』へ出演した際に嫌いな食べ物として太巻を挙げてしまった為、伊集院は義母がその放送を見ないように長電話で懸命の妨害工作をしたが、放送後に義母が知人から内容を聞いてばれてしまった。その後留守番電話に「色々気を使わせちゃって悪いわねー。」とメッセージが残された(因みにその店では「伊集院光御用達」と張り紙がしてあったという)。
* 情報機器に疎い義父に対して、伊集院がパソコンの使い方を教えていた時期がある。後に義父からウイルス付きの電子メールが頻繁に届くようになったという。
[編集] その他
[編集] 自身のこと
* 尊敬・それに類する人→立川談志、イッセー尾形、みうらじゅん、爆笑問題の太田光、浅草キッド、いっこく堂
* 敬遠する人→義家弘介、神田うの、五味一男、二宮清純、岡田斗司夫、石田衣良、品川祐
* 芸能界一の親友は山本太郎 山本太郎のエピソード欄参照 尚、ドアにスプレーで書かれた祝福に対し深夜の馬鹿力で「ドアに落書きしたヤツ、絶対に探し出してやる」と叫ぶも、翌週「山本太郎からの祝福メッセージ」であったことを語る。
* 伊集院と同じく毒舌を売りにしている太田光は「伊集院のラジオ聴いてみな?悪口ばっかり言ってんだから!俺でさえビックリしちゃうようなことバンバン言ってるし」と「爆笑問題の検索ちゃん」で語ったことがある。それに対して伊集院は「僕は声優さんみたいに、台本通りに喋ってるだけですよ」と冗談交じりに答えていた。
* 上述のようにラジオではきわめて攻撃的な発言が多いものの、やんちゃな過去の自分が犯した触法行為を語るときには必ず「今では悪いことだとは分かっている」と前置きをしたり、落書きなどに関してもネタにしつつ容認はしないなど、日常においては慎重で善良な市民であることを貫こうとしていることが窺える。
* 童貞・ひきこもり・ニート・非モテ等の男性の立場に立ったトークが最大の売りであり魅力だが、当の本人は最終学歴中卒とはいえ、一部上場企業に勤める父を持ち、十代で童貞卒業、20代前半で月収は100万を越え、複数の女性と付き合った末に27歳で元アイドルの資産家令嬢と結婚という「立派な」経歴の持ち主である。深夜のラジオでは「俺が芸能人じゃなかったらカミさんがつきあってくれなかったと思う」と言い訳を残している。自らの結婚や恋愛に関して語ることは少ないが、語る場合に必ず付け足す言葉は「マニアはいるから不細工でも諦めるな」。
* ラジオのトークではフランクな語り口で人気を集める一方で、番組を初めて聴く人のための配慮も常に心掛けているという。例えばスタッフなど身内の話をする際には、ただ「うちの○○(スタッフの名前)が~」ではなく、必ず「うちの構成作家の○○が~」というように人物関係を分かりやすくする工夫がなされている。しかし番組内で「(新規リスナーを)キャッチせずリリース」などとネタにする場合もある。
* 彼はテレビでは決して明かさないが、相当な自意識過剰と自己嫌悪(自虐的)の性格の持ち主でもある。ラジオでの番組(特に深夜)では、自分の事を「クソデブ」「ピクニックフェイス(命名 山本太郎)」「ブタ面(ぶたづら)」「トン面(とんめん)」「ピッグフェイス」「鈍牛」「ブサイク」「痴豚(ちとん、山上たつひこ「がきデカ」のギャグより)」「汗ダルマ」「豚面トラック」などと言っている。また自らの性格を「誇大妄想の被害妄想」とも語る。
* 生まれてこの方逆上がりを出来たことが無い。
* 麻雀がやや強い。主に家庭麻雀ではあったが父も兄も強かった為、自然と強くなったそうである。しかし、ガダルカナル・タカと打ったときは、タカのあまりの読みの凄さに驚嘆したらしい(ガダルカナル・タカはTHEわれめDEポンの司会)。自宅には一応全自動卓があるが、あるとき火を噴いて故障。一応使えるらしいが調子が悪い上に三筒がコゲている。
* 前述のとおり、TBSラジオを選んだ理由に『タバコ』があったほど、一日にマールボロメンソールを2箱半~4箱を吸うヘビースモーカーだった。しかし、タバコを吸いはじめたのは26歳(当人の記憶が曖昧で、話す度に25~27歳の間で変動する)の誕生日からと意外に遅い。そもそもは高2で三遊亭楽太郎に入門したため、噺家として声に悪い事は避けていた。その後ラジオパーソナリティーとなってからもタバコを吸っていなかったが激務で声がかすれるようになり、更に仕事上のストレスも相まって「ケアしてても悪くなるなら」と開き直って吸い始めた。31歳の時に一度禁煙に成功するが、数年するとまた吸い始めてしまった。その後、2006年9月重度の咽頭浮腫により入院。レギュラーのテレビ・ラジオの生番組を欠席。以来禁煙を継続中。
* マヨネーズが苦手。またラーメンなど脂っこいものもあまり好きではないと発言。一方で豆腐や蕎麦を好物として挙げているが、食べる量が半端でないゆえ、現在の体格になってしまっているのだと語る。
* バキュームカーがなぜか好きで、ミニカーを買ってしまうほどでありラジオ(深夜の馬鹿力)でもよくネタにしている。
* 好きなアニメ作品としてガンバの冒険、元祖天才バカボン、あしたのジョー2などを挙げており、特にガンバの冒険を絶賛している。後にこれらの作品が全て出崎統が関係していた事を知った。
* 初めて買ったレコードは「最初のパンダは黒かった」。CDは、家の隣のレコード店にあった4枚のうちの1枚「アリス・ザ・ベスト」。CDを聞く体験自体は試聴盤の「SL」(蒸気機関車の走る音)とのこと。また白木みのるの「銭ドルソング(マンダム親子のテーマ)」のEPが子供の頃なぜか自宅にあり熱心に聴いていたという。その後この曲がコンピレーションアルバムに収録されて再会してから「深夜の馬鹿力」「日曜日の秘密基地」で熱心に紹介し、その後「秘密基地」の企画盤としてリリースされた「おバ歌謡」にライナーノーツ付で収録させている。
* ロックバンドTHE BLUE HEARTSの大ファンで、カラオケでも好んで歌う。KinKi Kidsの番組にゲスト出演した際には「TRAIN-TRAIN」を熱唱した。尚、最も好きなのはSION。また、ラジオで真心ブラザーズの拝啓、ジョン・レノンをかけた後、感動したと発言し、YO-KINGのライヴにも行ったことがある。意外なところでは安室奈美恵も好きでコンサートDVDを相当数持っており、番組内で彼女のライブを「お金の払う価値のあるもの」と発言した。
* ラジオ番組内でたびたび「家ではそんなに音楽聴かない」「音楽詳しくない」という趣旨の発言をしているが、時折に自身の希望で流す曲はいわゆる「おバ歌謡」の他にはクラフトワーク、ケミカル・ブラザーズなどのテクノや、戸川純、ビブラストーン、ECDなど比較的コアな趣味とされるアーティストのものである。曲の感想や思い入れを語ることはあっても、曲に関する薀蓄を垂れることは無い。
* かつてはソニーが販売していたニッチな視点ではあるものの、先鋭的なセンスを思わせる商品を大変で好んでおり度々商品を交えたトークを行っていた。しかし近年のソニーの体質には疑問視する部分が多いらしく、ソニーの広告戦略の在り方、著作権保護戦略、商品自体の品質、カスタマーセンター(他社と対応が全く異なっていた事や、早々とサポートを打ち切る点)の問題点など、番組開始当初から度々話されている。また、商品や会社のイメージとしての在り方で考え方が合わない部分が多いようだ。ビデオカメラ、液晶・プラズマテレビ普及初期の硬質ガラス製テレビ台、PS3、元SCEの久多良木氏発言、Rolly、ソニーがスポンサーをするフットサルチームの話等からもそれは垣間見える。
* 催眠術にかかりやすい。一度、催眠術で松田聖子であると思い込まされ、若手芸人に胸を触られたらサンミュージックの事務所まで泣きながら行ったことがある。と、人志松本のすべらない話で告白した。なお、オーデカや電気グルーヴのオールナイトニッポンにてこのエピソードを話した際には松田聖子ではなく細川ふみえであり、泣きながら建物を出た時点で催眠が解けた、という内容だった。
* 子供の頃観ていた特撮番組として「コンドールマン」を例に出すことが多いが、その殆どが「コンドルーマン」と発音している。(鳥の”コンドル”をモチーフにしていることからなのは分かるのだが)時折、指摘を何度も受けているからなのか言いなおすこともあるが、未だに間違った発音での呼称が身についてしまっているようだ。
[編集] エピソード
* 少年時代、ファミリーコンピュータ用ソフト・エキサイトバイクで、誰にもクリア出来ないオリジナルコースを作ったものの、セーブが出来ないので友達に見せる為に一昼夜電源を入れっぱなしにしており、母親にこっぴどく怒られたというエピソードがある。その頃からの家庭用ゲームの愛好家であり、ビデオゲーム誌『週刊ファミ通』などに連載を持つほか、ゲーム関連のTV番組への多数出演も行っている。好きなソフトウェアは『風来のシレン』シリーズと『実況パワフルプロ野球』シリーズ。人生で最も感動したゲームは『MOTHER』で、同シリーズの熱狂的なファンでもあるが、一方で他のRPGはほとんどプレイしない。
* 小学生の頃、既に体重が100kgを超えていた事を気にしていたが、クラスの女子に「なんだ、0.1tじゃん」と言われ「ああ、俺だけ単位が違うんだ」と気が楽になったらしい。
* 中学生の頃には生徒会長も務めた。但し、放送室で一晩過ごす。忘れ物の上履きを安価で生徒に販売する。などの好き放題をしていた為か、先生から「田中君はもっと自分の事をしっかりした方がいい」ということで、途中で解任されたらしい。
* 伊集院の出身高校である足立新田高校は当時第五学区で一番偏差値の低い高校で、「Oh!デカナイト」時代には、一番偏差値が高かった江北高校に行きたかったとよくネタで漏らしていた(当時東京都は学区内の高校しか受験できなかった)。
* 高校中退の理由は諸説あり、本人もネタ的なものを含めて複数の理由を語っている。もっともよく語られるのは、本命の高校受験を失敗して(前出の江北高校を不合格になり)落語家への道を進むことに決めたとき、足立新田高校を普通に卒業するのが嫌で卒業直前に自ら「高校中退」を選んだという説。また、単純に単位が1つ足りなかったという説や校長と揉めた説まで存在する。ちなみに3年の3学期という卒業直前の時点で退学したとのこと。
* 退学届を教師(校長?)に投げつけてやろうと思い、勇んで行ったが途中で落としてなくしてしまった。その後、親切な人が高校に届けてくれて、受理された。
* 落語家修業時代、自殺直前の岡田有希子と、東海道新幹線の同じ車両に乗り合わせていた。
* ギャグオペラネタをしていた頃に伴奏ピアノを弾いていた女性が好きだった。その女性に、酒席で「好きな人いるの?」と聞いたところ、「わかってるくせに」と回答され、それが自分のことだと思い込んでいた。ところが、自らのラジオ番組内でそれを検証したところ(現在は結婚していてイギリスに住んでいる女性と国際電話を繋いだ)、別の人が好きだったことが判明し、伊集院の勘違いだとわかった。しかも、当時のスタッフ・関係者が皆、「伊集院がその女性に恋心を抱いている」ことに気がついていたこともわかった。
* TMNの1991年リリースのアルバム「EXPO」の6曲目「Crazy For You」に“Crazy laugher”として参加している。曲冒頭の約30秒間、伊集院の笑い声を聴くことができる。
* 筋肉少女帯の1989 年7月5日リリース「猫のテブクロ」に収録されている「これでいいのだ」という曲にて、冒頭の「これでいいのだ」という台詞を入れている。大槻ケンヂが 2002年に発表した「対自核」収録のメドレー曲「ボヨヨン伝説」にも一部にこの曲が入っており、伊集院のセリフも新録されている。
* 流行を追わず、「時流のちょっと横を進む人間」。しばしば周辺から流行作品を勧められて手に取る事もあるが、ちょっとした理由で読んでいない・観ていないという事が多い。爆笑問題の太田から「リリー・フランキーの東京タワーが良い」と言われて買ったはいいものの、世間と同じように「良かった」と評価してしまう事を恐れ、「自宅に自前の東京タワーが出来るくらいに積まれている」という。土田晃之に薦められたアニメ鋼の錬金術師も、同様に薦めた品川庄司の品川の手柄になる可能性を気にし、DVDを全巻購入してもなお未見とのこと。
* 『新世紀エヴァンゲリオン』ブームの際、知識も興味もなく当時の深夜の馬鹿力アルバイトの松上氏に薦められて視聴した所、一夜にしてハマッている。なお、現在でも多くのファンの間で議論となる劇場版の結末に関して、伊集院自身は内容に感嘆し制作意図を全肯定している。
* 2007年5月25日放送のペット大集合!ポチたまにゲスト出演した際に「飼っている3匹の犬が自分を『体の大きい人間』程度にしか認識していないので、散歩に連れて行くと似た体型の人に寄っていこうとする」と語った。
* プロ野球のほか、家庭用ビデオゲームにも造詣が深いことで知られる。特定の陣営に肩入れせず、的確な批評を専門誌のコラムやラジオ番組で披露している。特にコナミの「実況パワフルプロ野球」については「人生の90%を捧げた」という程の熱の入れようで、有名な噺家