北方領土

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ブログからのネタの種

人類はみな友だち、って言うんなら
日本人は何をされても怒らない。領土をとられても、拉致されても、ODAで一所懸命に援助してあげている国にコケにされても、北方領土付近でいきなり漁船員を射殺され、船を没収されても、60年以上「謝れ謝れ」と頭を押さえつけられ続けても、
2008/08/20 14:45:44 [幸か不幸か専業主婦]
ロシア帝国のグルジア侵略に対して何の反応も
洋における多国籍軍への補給問題しかないのであろうか?そんなことはどうでもいいことなのに。日本は、このロシアのツアーリズムに北方領土が占拠されているにもかかわらず。日本に外交があるのか?外務省があり外務大臣がいる。しかし彼らの心中は「
2008/08/20 13:24:50 [政治と社会(世相)を斬る!]
道東旅行2日目 知床〜屈斜路湖
にいたのですが、写真は撮れずに残念。知床峠に向かうに連れて少しずつ晴れ間が見えてきました。近くて遠い北方領土 このときはまだよく見えませんが、このあととてもよく見える場所へ行きました。峠を超え、羅臼へ。はるか国後に〜♪ あと
2008/08/20 13:20:41 [ひまわり通信]
まだ戦ってました
門」 http://search.varietyjapan.com/moviedb/cinema_18218.html でも、この映画も実話を基にしたフィクションですからね。あと、北方領土の向こうの占守島だって日本軍が武装解除を進めていた8月18日になってからソ連軍が攻撃,上陸をしてきて
2008/08/20 12:27:12 [赤鰯と般若湯]
領土・住民を守る国の使命
8/20 世界日報16面 【ビューポイント】より 領土・住民を守る国の使命 常に時効を中断すること 相手が嫌がることもしよう 評論家 太田 正利 7月7〜9日の北海道サミット(場所の決定は安倍総理の時)には、北方領土問題解決の意図が内包されていたと
2008/08/20 12:14:42 [世界日報新宿販売店ブログ「たかだのじじ」]
平松茂雄の話は為になる
、その海域に多数の島嶼(とうしょ)が散在するからである。だがわが国政府の消極的な施策から、その海域を形成する基点となる北方領土はソ連・ロシア、竹島は韓国に不当に占拠されており、東シナ海では尖閣諸島の領有権および大陸棚の石油資源開発に関して
2008/08/20 11:50:40 [The planet earth]
グルジア軍事侵攻
国家の凶暴な論理により、ロシアの北方領土、中国の チベット、韓国の竹島等の実効支配が続く。今、またロシアのグルジア軍事侵攻である。チェチェン、グルジア、この国の覇権意識は変わること はない。「プラハの春」弾圧から40年、悪夢の再来である。プーチン政権の
2008/08/20 11:21:46 [my challenger's log]
北海道 羊蹄 ピーターコーン入荷しました。
タコを入れて売るようなものです。(ほとんどのたこ焼きやは明石のたこを入れるなんかあほらしいと言っています。)道庁が近くにあるのに北方領土問題どころではありません。指導を徹底して頂きたいと思います。しかし旭山動物園ではまともなものが売
2008/08/20 11:10:34 [明石お魚日記〜むらかみ食料品店]
日本外交の直面する諸問題と課題
日本外交の直面する諸問題と課題 1.北方領土問題 ●「北方領土の環境問題」 2008/6/15 (http://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/21571937.html) ●「北方領土問題」 2007/12/23 (http://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center
2008/08/20 10:30:34 [現下のホットな国際問題を解き明かすー「]
ソ連軍の仕打ちを忘れるな!
昭和二十年(皇紀二六〇五)の今日!卑怯者のソ連軍侵攻により樺太真岡局女子電話交換手九名が自決する・・・ 絶対にこの日の事を忘れてはならない!北方領土返還 応援お願いします
2008/08/20 06:42:04 [日本季節文化研究会 東京事務局]

はてブ注目エントリーからのネタの種

【新閣僚に聞く】「ネットの書き込みに対応」 林幹雄国家公安委員長  - MSN産経ニュース
 「被害者や犠牲者、またそのご家族のことを思うと胸が痛む。気分で人をあやめることがゲームのようになっているのは間違いで、対策を講じなければならない」 −−その対策は 「まずは繁華街での制服警察官の警戒活動強化。ネット上の予告の書き込みにもしっかりと対応するなど、事件が起きる環境をつくらせないようにすることだ。ダガーナイフなど殺傷力が高い刃...
2008/08/20 20:33:37 []
FujiSankei Business i. ラスプーチンと呼ばれた男 佐藤優の地球を斬る/北方領土ビジネスを駆逐せよ
 7月30日、筆者は根室商工会議所青年部「創陽クラブ」(河村重敏会長)の招きで根室を訪れ、講演を行った。「創陽クラブ」の創立20周年を記念する講演だ(講演料は受け取らず、往復の航空運賃も筆者が負担しているので、国家公務員倫理法による贈与の問題は生じない)。2003年10月に東京拘置所から保釈された後、根室の友人たちから何度も「講演に来てほ...
2008/08/20 20:33:37 []
42対1よりも進化(笑) - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com
2ちゃんねる軍板某スレにて採集。 8 名前:名無しさん@九周年[sage] 投稿日:2008/07/31(木) 10:10:30 ID:uGKEZbO70確定版!反日国家・親日国家リスト日本は親日国家とのみお付き合いをすることにしましょう。反日国家とは国交断絶しよう。【反日国家】中国・韓国・北朝鮮(説明不要の特亜三国。悪の反日枢軸)台湾(尖閣問題で反日感情が爆発)フィリピン(日本に占領された歴史か...
2008/08/20 20:33:37 []
【社説検証】竹島問題 (1/3ページ) - MSN産経ニュース
 日本固有の領土である竹島に関する中学校社会科の新学習指導要領の解説書が公表され、韓国が同島を不法占拠している問題について「北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせる」という表現が記された。 これに激しく反発する韓国世論に後押しされてか、韓昇洙首相が“渦中の島”に史上初めて上陸するという具体的な行動に出た。また、ブッシュ米...
2008/08/20 20:33:37 []
「ジュセリーノ氏、日本も予知「巨大地震くる」「富士山8年内に噴火」「消費税35%」」事件です‐災害ニュース:イザ!
についての予知を的中させたとされるブラジルの予知能力者、ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース氏(48)は、日本についてもさまざまな予知をしている。著書『ジュセリーノ未来予知ノート』『ジュセリーノの予言』(いずれもソフトバンク クリエイティブ刊)から、その一部を紹介する。(イザ!編集部)--日本でも巨大地震は起きるか「2008年8月6日、東...
2008/08/20 20:33:37 []
独島:国際紛争地域化を試みる日本 | Chosun Online | 朝鮮日報
 日本政府はなぜ、隙あらば韓日関係の悪化もいとわず独島(日本名:竹島)問題を取り上げるのか。数十年来の疑問点であるにも関わらず、「これだ」とズバリ言い当てられる答えはない。  しかし、まず最初に論じるべきものは、言うまでもなく「領土そのもの」の問題だ。島国である日本は、海洋の領有に対する執着がとりわけ強い。日本はロシアと北方領土(ロシア名:...
2008/08/20 20:33:37 []
パストラック (Pathtraq) 話題のニュース
話題のページランキング痛いニュース(ノ∀`):韓国「ヒュンダイが日本で売れないのは『閉鎖的』だから。日本政府は販売拡大に協力を」 321 hits blog.livedoor.jp韓国「ヒュンダイが日本で売れないのは『閉鎖的』だから。日本政府は販売拡大に協力を」 1 名前:ムネオヘアーφ 投稿日:2008/07/20(日) 15:43:06 0 自動車販売網「閉鎖的」と批判=EPA実務協議で韓国−日本は反論 経済連携協定(EPA痛...
2008/08/20 20:33:37 []
消えゆく「日本」の痕跡…記者が見た北方領土の今(産経新聞) - Yahoo!ニュース

2008/08/20 20:33:37 []
【記者は見た 北方領土の今】(中)消えゆく「日本」 (1/3ページ) - MSN産経ニュース
昭和5年に建設された旧紗那郵便局。ここ数年で天井が完全に落ち、手入れがされないまま放置されている=2日、択捉島・紗那(酒井充撮影)  北方四島のビザなし交流団が訪れた国後、択捉両島は、規模は違うが、日本の高度経済成長期を思わせる。舗装されていない道路を行き交うダンプと、それに伴って舞い上がる砂ぼこり。至る所で重機がうなりを上げ、道路脇には資...
2008/08/20 20:33:37 []
【記者は見た 北方領土の今】(上)存在しない領土問題 (1/3ページ) - MSN産経ニュース
択捉島などを管轄するクリール行政府の一室には、壁に択捉島(左)とウルップ島などを一体的に管轄していることを示す地図が掲げられていた=2日、択捉島・紗那(酒井充撮影)  日本固有の領土、北方四島に在住するロシア人との交流を目的とした元島民ら日本人によるビザなし訪問(団長・大塚敏夫連合総合組織局長、63人)が6月30日〜7月4日の5日間、行われ...
2008/08/20 20:33:37 []
J-CASTニュース : 朝日VS産経・読売 竹島「解説書」問題で立場分かれる
   日韓両国が領有権を主張している竹島(韓国名: 独島)の問題が再燃している。文部科学省が中学社会科の新学習指導要領の解説書に竹島問題を初めて登場させることになり、竹島を実効支配している韓国側が猛反発しているのだ。一方、「固有の領土」という表現を避けるなど、外交的配慮も見られた。この対応に、産経・読売は反発しているが、朝日新聞は「島の領...
2008/08/20 20:33:37 []
学習指導解説書 「竹島」明記は遅いぐらいだ : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 国の将来を担う子どもたちに、自国の領土や歴史についてきちんと教えていくことは、学校教育の重要な責務だろう。  中学校社会科の新学習指導要領の解説書に、韓国が領有権を主張している竹島について、日本の領土であると教えるよう初めて盛り込まれた。  竹島は、歴史的にも国際法上も我が国固有の領土である。それが日本政府の立場だ。  日本の領土として、北...
2008/08/20 20:33:37 []
【主張】竹島 明確に「日本領」と教えよ - MSN産経ニュース
 竹島に関する新学習指導要領の解説書の内容が公表された。日韓両国の領有権をめぐる争いを踏まえ、「北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせる」としている。だが、竹島が日本固有の領土であることがはっきりと書かれておらず、大いに不満が残る。 文部科学省は当初、竹島を「我が国固有の領土」と明記する方針だった。しかし、外務省や首相官...
2008/08/20 20:33:37 []
禍根残す外交配慮 竹島記述 (1/2ページ) - MSN産経ニュース
 せっかくの北海道でのサミットで北方領土問題を取り上げないとか、東シナ海のガス田を中国に掘られたままなすすべがないとか、この国の政府にはとかく驚かされることが多いが、今回も思いっきり驚かされた。それは教科書の竹島をめぐる記述についてである。 文部科学省は14日発表した中学校の学習指導要領の解説書の改定版で、「竹島が我が国固有の領土」である...
2008/08/20 20:33:37 []
「手放しで評価できない」「一定の前進」 竹島問題で評価分かれる島根県 - MSN産経ニュース
 新学習指導要領の中学社会科の解説書に「竹島」が明記されたことを受け、明治時代に竹島が島根県に編入された経緯から、同県の溝口善兵衛知事は14日会見し、「一定の前進と評価できる」と話した。 記述については「現時点で政府が適切と判断したもの」とした上で「問題解決に向け、国民の理解、支持が深まることが大事だ」と強調した。 一方、竹島領土権確立島...
2008/08/20 20:33:37 []

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Wikipediaサマリーなネタの種

北方領土問題(ほっぽうりょうどもんだい)とは、北海道根室半島の沖合にある島々で現在ロシア連邦が実効支配している、択捉島(えとろふとう)、国後島(くなしりとう)、色丹島(しこたんとう)、歯舞諸島(はぼまいしょとう)に対して、日本が返還を求めている領土問題。この島を、北方四島とも言うことがある。

概要

地理的には南千島に属するが、色丹島及び歯舞諸島については北海道本島の属島という見方もある。アイヌ民族が先住していた。

太平洋戦争(大東亜戦争)後、現在に至るまで、ソ連・ロシア連邦に占領・実効支配されており、日本は固有の領土としてその返還を求めている。現在、日本人の北方領土関係者およびロシア人北方領土居住者に対して、ビザなし渡航が日露双方に一部認められている。

なお、北千島を含めた千島列島全体の返還を主張している主要政党は日本共産党だけである。全千島は樺太・千島交換条約で平和裡に手に入れた領土だからという主張である。また、日本の一部には日ソ基本条約などを根拠に「南樺太・千島列島全島返還論」もある。

日本が「国際法上所属未定」と主張する中、日本以外の多くの国は、中・北千島や南樺太については、ロシアの領有権を事実上認めるようになっている。海外の地図はすべて、中・北千島と南樺太をロシア領として処理している。「北方領土」についても、やはりロシア領と地図上で表現する例がほとんどであり、根室海峡のみに国境線がひかれているが、あわせて地図上の「北方領土」部分に「ロシアが施政権を行使(ないしは占領)、日本が返還要求」という趣旨の記述を加えている地図出版社も見られる。

1952年3月20日にアメリカ合衆国上院は、「南樺太及びこれに近接する島々、千島列島、色丹島、歯舞諸島及びその他の領土、権利、権益をソビエト連邦の利益のためにサンフランシスコ講和条約を曲解し、これらの権利、権原及び権益をソビエト連邦に引き渡すことをこの条約は含んでいない」とする決議を行った。この米上院の決議の趣旨は、サンフランシスコ講和条約第25条として明示的に盛り込まれている。ただし、外交権限は政府にあり、議会には無いので、議会決議が外交を直接拘束する訳ではない。

日本政府は2001年、南サハリンのユジノサハリンスク(旧、日本名:豊原)に総領事館を設置した。

[編集] 領土問題

ロシア連邦が自国領土だとして占領・実効支配している諸島を、日本が返還を求めている領土問題。

1945年8月8日、ソ連は同年2月のヤルタ協定に基づき、日ソ中立条約を破棄し、日本に対し宣戦布告、8月9日より戦争状態に突入した。ソ連はれっきとした連合国の一員であるにもかかわらず、日本は日ソ中立条約の形式的な有効性に救いを求め、連合国との講和をソ連に依頼を試みて降伏を先延ばしにした挙句、この宣戦布告を招いたものである。8月14日に日本がポツダム宣言の受諾を決定した後、1945年8月28日から9月5日にかけてソ連軍は北方領土に上陸し占領した。北方領土は現在に至るまで戦後約61年に渡りソ連およびそれを継承したロシアが実効支配を継続している。ロシアによる事実上の領有状態の為、日本政府が領有権を主張しているものの、一切の施政権は及んでいない。

[編集] 北方領土関係史

日本政府は、「日本はロシアより早くから北方領土の統治を行っており、ロシアが得撫島より南を支配したことは、太平洋戦争(大東亜戦争)以前は一度もない」と主張しているが、実際には、1760年代にロシア人のイワン・チョールヌイが、択捉島でアイヌからサヤーク(毛皮税)を取り立てたという記録が残されている。また、最上徳内が日本人探検家として最初に択捉島を訪れた1780年代には、択捉島には3名のロシア人が居住し、アイヌの中にロシア正教を信仰する者がいたことが知られており、同時期、既にロシア人の足跡があったことも知られているので厳密に言えば、日本政府の説明は正しいとはいえない。

* 1855年
o 日本とロシア帝国は日露和親条約(下田条約)を結び、択捉島と得撫島の間を国境線とした。
* 1869年
o 蝦夷地を北海道と改称。このとき国後島・択捉島の行政区分をあわせて「千島国」とし五郡を置いた。
* 1875年
o 日本とロシアは樺太・千島交換条約を結び、「それまでロシア領だった千島諸島のグループ(le groupe des îles dites Kouriles qu'elle possède actuellement)」を日本領、日本とロシアの共同統治としながらも、両国民の紛争の絶えなかった樺太をロシア領とした。この条約はフランス語が正文であったので、日本語訳が作られたが、この翻訳は不正確なものだった。不正確な日本語訳に基づいて、得撫島以北が千島列島であるとの解釈がなされたことがある。
o 条約締結後、当時の行政区分で「千島国」と定められていた国後島・択捉島に、得撫島以北を編入し、国後島から占守島までが千島国になった。
* (1904年-1905年 日露戦争。ポーツマス条約により南樺太が日本に割譲された。)
* (1917年-1918年 ロシア革命)
* (1918年-1922年 シベリア出兵)
* (1931年 満州事変勃発)
* (1937年 日中戦争勃発)
* (1941年 日米開戦)
* 1943年
o 10月、モスクワにおいて米・英・ソ三国外相会談が開かれる(モスクワ会談)。この席上、米国はソ連に対して、南樺太と千島列島をソ連に与える見返りに、対日参戦することを求めた。続いて11月末、イランのテヘランにおいて、米・英・ソ首脳会談が開かれる(テヘラン会談)。この時も米国のローズベルト大統領が南樺太と千島列島をソ連領とする見返りに、ドイツ降伏後の対日参戦を求めた。
o テヘラン会談の直前、カイロで米・英・中三国による首脳会談が開催される。米・英・中三大同盟国は日本国の侵略を制止し、罰する為に戦争をしていること、日本の無条件降伏を求めることが宣言された(カイロ宣言)。カイロ宣言では、第一次世界大戦以後に日本が諸外国より奪取した太平洋諸島の領土を剥奪すること、台湾・満州の中国への返還、日本が暴力・貪欲により略取した地域からの駆逐が定められている。南樺太や千島列島については触れられていない。
* 1945年2月
o ソ連のヤルタで米・英・ソ首脳が会談(ヤルタ会談)。ここで、戦勝国間で、いずれ敗戦する戦勝権益の分割が話し合われた。日本を早期に敗北に追い込むため、ドイツ降伏の2ないし3か月後にソ連が対日参戦する見返りとして、日本の敗北後、南樺太をソ連に返還し、千島列島をソ連に引き渡すべきとした。(ヤルタ協定)。
* 1945年8月~9月
o 8月8日、ヤルタ協定通り、ソ連は日ソ中立条約を破棄し対日宣戦布告。8月14日、御前会議にて、米・英・中・ソの共同宣言(ポツダム宣言)の受諾を決定、連合国にポツダム宣言受諾を通告。9月2日、日本は連合国が作成した降伏文書に調印した。同時に一般命令第一号(陸、海軍)では、満洲、北緯38度線以北の朝鮮、南樺太・千島諸島に在る日本国先任指揮官ならびに一切の陸上、海上、航空及補助部隊は「ソヴィエト」極東軍最高司令官に降伏すべきこととした。
o トルーマンの「一般命令第一号」原案では、千島列島の日本軍がソ連に降伏するとされていなかったため、スターリンは、ヤルタ協定に基づき、ソ連軍に対し降伏させるようトルーマンに要求。トルーマンはスターリンの要求を受け入れた。しかし、同時にスターリンが要求した、北海道東北部の占領要求は、ヤルタ協定になかったので拒否した。他方、米国側はソ連に対し、千島列島中部の一島に米軍基地を設置させるよう要求したが、スターリンに拒否された。
o 8月11日に国境を侵犯し南樺太に侵攻したソ連第二極東軍部隊は、8月25日に南樺太を占領。すでに、千島列島をソ連が占領することを、トルーマンと合意が取れていたので、8月28日から9月1日までに、北方領土の択捉・国後・色丹島を占領、9月3日から5日にかけて歯舞群島を占領した。なお、8月18日にカムチャツカ半島方面より千島列島に侵入した第一極東軍部隊は、8月31日までに得撫島以北の北千島を占領している。
* 1946年~1949年
o 1946年1月29日、GHQ指令第677号により、沖縄や小笠原・竹島・南樺太・千島列島・歯舞・色丹などの地域に対する日本の行政権が中止された。国後、択捉両島は千島の中に含まれるものとして、日本政府の政治上、行政上の権力行使の外におかれることになった。2月2日、ソ連は南樺太・千島を自国領に編入した。
o 北方領土には日本人は約1万7千人住んでいたが、占領当初は、日本人の本国帰還は認められなかった。1946年12月、GHQとソ連との間で日本人全員の引き上げが合意されると、1949年7月までにほぼ全員の日本人が帰国した。しかし、GHQ指令によって日本国籍を離脱していた朝鮮人はその後も帰還することができず、多くはサハリン(樺太)に移住した。
* 1951年
o サンフランシスコ講和条約で、日本は千島列島を放棄する。平和条約国会で、政府は、日本が放棄した千島列島の範囲に、国後島・択捉島が含まれると説明している。(この説明は1956年2月に変更された。)
* 1956年
o 日ソ共同宣言(昭和31年条約第20号)で日ソ間の外交関係が回復。領土についてはじめ日本は南樺太・全千島の返還を要求したが、当然それは認められず、譲歩を重ねた末、歯舞諸島・色丹両島の返還で平和条約締結に合意しようとした。そのとき、米国が介入、国後・択捉の返還を要求しないならば沖縄をグアムと同じような米国の属領にすると恫喝し、合意を阻止。結局日ソ平和条約は締結されず、締結後に歯舞諸島・色丹島をソ連が日本に引き渡すと記載された条文を盛り込んだ共同宣言で決着した。日ソ交渉に先立って、サンフランシスコ条約起草国である米国や、英国、フランスに対して、同条約中、放棄した千島の範囲について問い合わせをした。米国は北方領土は常に日本の領土であったので、日本に主権があることは正当として認められなければならないと国務省の覚書として明文化された公式見解を示し、日本の立場を支持している。しかし、英・仏からは日本に好意的な回答は得られなかった。フランスからは、サンフランシスコ会議議事録において日本代表が国後、択捉を南千島として言及しているところに注意を喚起する、との回答があった。。
* 1957年
o ソ連国境警備隊が貝殻島に上陸。日本は日米安保条約下にあったが、このとき米軍は一切出動しなかった。
* 1960年
o 岸信介内閣が日米安全保障条約改定を行った事に対してソビエトが反発。ソ連は、歯舞諸島と色丹島の引き渡しは「両国間の友好関係に基づいた、本来ソビエト領である同地域の引き渡し」とし、引き渡しに条件(外国軍隊の日本からの撤退)を付けることを主張する。日本政府は、共同宣言調印時には既に日米安保があったとして反論。
* 1973年
o 田中・ブレジネフ会談。日ソ間の諸問題を解決した後、平和条約を締結することが合意された。(日ソ共同声明)
* 1981年
o 北方領土の日設定。毎年2月7日を北方領土の日とする。
* 1991年
o ソビエト連邦は解体、ロシア連邦として独立し、領土問題を引き継ぐ。

[編集] 解説

1945年9月2日、日本は降伏文書に調印した。この時、南樺太・千島の日本軍は極東ソ連軍に降伏することが命令され、南樺太・千島はソ連の占領地区となった。1952年サンフランシスコ講和条約発効により、日本は独立を回復したが、同条約にしたがって、南樺太・千島列島の領有権を放棄した。この条約にソ連は調印していないため、ソ連との国交回復は、1956年日ソ共同宣言により行われた。この時、日ソ間で領土の帰属に関して合意が得られなかった。その後、日ソ・日ロ間には、幾つかの共同声明や共同コミュニケがあるが、平和条約締結や領土問題での合意に至っていない。

1941年4月、日ソ間で、日ソ中立条約が締結された。その2ヵ月後、ドイツが突如ソ連に侵攻し、独ソ戦が勃発。日本政府は、御前会議において、情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱を策定、独ソ戦が日本に有利に働いたときはソ連に侵攻することを決めた。さらに、日本軍は関東軍特殊演習(関特演)を実施、ソ連侵攻の準備を整えた。しかし、日本政府の思惑とは異なって、独ソ戦は膠着し、日本のソ連侵攻の機会は得られなかった。

ソ連はスターリングラード攻防戦・クルスク戦車戦以降、独ソ戦を有利に展開するようになる。こうした中、1943年11 月、テヘラン会談が米・英・ソ三国首脳により開かれ、当面の戦争、戦勝権益の連合国間での分割、連合国の覇権におかれる戦後世界の戦略に関して幅広い協議が行われた。このなかで、米国はソ連に対して、南樺太・千島を与える見返りに、日本との戦争に参戦することを求め、合意された。このときの合意は、 1945年2月のヤルタ協定に引き継がれ、さらに、ポツダム会談でも再確認されている。

当時アメリカは米国人の戦争犠牲をなるべく少なくすることを狙っており、そのためには、ソ連の対日参戦が必要だった。独ソ戦で大きな被害を受けていたソ連国民には、更なる戦争への参加をためらう気持ちも強かったが、戦後世界の勢力バランスを考慮したスターリンは米国の参戦要求を了承した。当初ポツダム宣言への連名は、日本と交戦状態に無いソ連は除外されていたが、ソ連は参戦後、ポツダム宣言に参加した。その後、アメリカ主導で作成されたサンフランシスコ講和条約においても、既にソ連が占領している南樺太や千島をヤルタ会談での取り決め通り日本に放棄させる内容となっている。

1945年ドイツ敗北の3ヵ月後、ソ連は米・英との合意にしたがって対日宣戦布告。翌日、ソ・満国境を越えて満州に進攻、8月14日に締結されたソ華友好同盟条約に基づいて、満州を日本軍から解放した。満州の日本軍は、蒋介石の国民党軍ではなく、ソ連軍に対し降伏すると取り決められていた。翌年3月12日、蒋介石の駐留要請を断って、ソ連軍は、瀋陽から撤退を開始し、5月3日には旅順・大連に一部を残し、完全に撤退した。一方、南樺太では、8月11日、日ソ国境を侵犯し、日本に侵攻したソ連軍は8月25日までに南樺太全土を占領した。樺太占領軍の一部は、26日に樺太・大泊港を出航し、28日択捉島に上陸、9月1日までに、択捉・国後・色丹島を占領した。歯舞群島は9月3日から5日にかけて占領されている。

1945年9月2日、日本は降伏文書に調印し、連合国の占領下に入った。千島・南樺太はソ連の占領地区とされた。

1952年サンフランシスコ講和条約発効により、日本は独立を回復したが、同条約にしたがって、南樺太・千島列島の領有権を放棄した。条約締結に先立つ1946年末から、日本は米国に対して 36冊に及ぶ資料を提出、日本の立場を説明している。この中の2冊は千島に関する事項であることが知られている。このような経緯があって、千島列島の範囲が、日本に不利なように定義されなかったが、同時に、日本に有利なように定められることも、なかった。

サンフランシスコ講和条約をソ連は調印しておらず、ソ連とは、1956年日ソ共同宣言によって、国交が回復した。このとき、日ソ間では歯舞諸島・色丹島の返還で合意しようとする機運が生まれたが、米国が沖縄の米属領化をちらつかせて恫喝したため、平和条約を締結することはできなかった。当時は、冷戦体制が構築されるプロセスの中にあり、イギリスとアメリカは日本がソ連と妥協することを望まなかった。このため、デタントを求めるソ連に対して受け入れがたい条件を提示することで、極東地域の冷戦体制を温存する狙いがあった。また、国後と択捉を返還させることで、ヤルタなどで米国がソ連に対し行った過度の譲歩を現実に是正し、少しでも北東アジアでソ連がもつ地政学的な優位を掘り崩したいたいという思惑もあった。以後、米国と親密な関係を維持する日本の外務省は、北方領土問題を掲げることで、ロシアとの踏み込んだ友好関係を築かない方針を貫いている。結果、現在もロシアとの平和条約締結に向けて交渉が行われているが、領土問題に関する具体的な成果は得られていない。

こういったことから、日本人のソ連(ロシア)に対する不信感がかきたてられている。

ロシア(ソ連)側から見れば、大戦当時ソ連・アメリカ・イギリス・中国は連合国であり、日本・ドイツ・イタリアの枢軸国とは敵対していた。枢軸国のイタリアやドイツが降伏した後、ソ連は連合国の求めに応じて対日参戦した。ヤルタ会談で千島・南樺太の割譲は米英ソの三者で合意されているし、ソ連も参加しているポツダム宣言を日本は無条件で受け入れている。平和条約の締結こそしていないがロシアは占領地区を既に自国へ編入している。そもそもサンフランシスコ条約で日本はクリル列島を放棄しており、クリル列島には、択捉島・国後島・色丹島・歯舞諸島が含まれる。(色丹・歯舞を合わせて小クリル列島といい、占守島から国後島までを大クリル列島と言う。小クリル列島と大クリル列島を合わせてクリル列島と言う。)

ロシア側が北方領土の日本返還を認めない理由としてはいくつか考えられるが、まず大きなものとして、ロシア側から見た場合、北方領土問題が解決されていない現在でも日ロ間の経済的交流は進んでおり、わざわざ国民の不評を買うであろう領土の引渡しを行ってまで日本サイドに譲歩する必要性を感じていないということが挙げられる。また、地政学的に見れば、宗谷海峡(ラペルーズ海峡)、根室海峡(クナシルスキー海峡)をふくめ、ソ連はオホーツク海への出入り口をすべて監視下に置いており、事実上そこから米軍を締め出すことに成功しているが、国後・択捉両島を返還してしまえば、国後・択捉間の国後水道(エカチェリーナ海峡)の統括権を失い、オホーツク海に米軍を自由に出入りさせられるようになってしまう。国後水道は、ロシア海軍が冬季に安全に太平洋に出る上での極めて重要なルートでもあり、これが米国(の同盟国である日本)の影響下に入ることは安全保障上の大きな損失となる。

以前であれば日本側に「ロシアは経済的に困窮している。よってそのうちロシア側が経済的困窮に耐えられず日本側に譲歩し、北方領土を引き渡すであろう」という目論見があった。鈴木宗男失脚以後の日本の外務省の基本戦略は、北方諸島への援助を打ち切り、困窮させて返還の世論を引き出そうとする「北風政策」であるが、問題は、経済的に困窮しているかどうかといったレベルの事項ではない。事実、プーチン大統領就任以降驚異的な経済的発展を遂げたロシアは、2015年を目標年次とする「クリル開発計画」を策定し、国後、択捉、色丹島に大規模なインフラ整備を行う方針を打ち出した。

最近でこそロシア社会において日本に対する認知度は高まってきているものの、いずれも文化的なものか経済的なものであり、またその認識にしてもそれほど深いものではない。サハリン州では、当然日本に対する関心が深いが、これは、現状の国境を承認することを前提として交流を深めようとするものである。 ヨーロッパ議会が北方領土は日本に返還すべきとの提言を出したとの報道がロシアのメディアで流れている。25カ国730人の議員でなるEUの立法機関であるヨーロッパ議会は2005年7月7日に「ECと中国、台湾関係と極東における安全保障」と題された決議文を決議、極東の関係国は未解決の領土問題解決の2国間協定を結ぶべきだとし、具体的には北方領土に関して第二次世界大戦終結時にソ連により占領されたものとし日本と韓国間の竹島問題、中国との尖閣諸島問題を取り上げている。 ロシア外務省はこの決議に対し、日ロ二国間の問題解決に第三者の仲介は不要とコメントしている。なお、ロシア議会では議論になったこの決議文は日本の議会では取り上げられず、日本では読売新聞が報じた程度である[1]。