会津若松

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こんばんは。先程、私の親族に不幸がありまして・・・ これから私の生まれ故郷であり、親族の方がいる福島県・会津若松市に向かいます。ですので、2〜3日程ブログをお休みさせていただきます m(_ _ )m では、行ってきます。ハマ
2008/09/07 00:32:45 [いつも いつでも いつまでも 〜永遠の若葉マーク〜]
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2008/09/06 23:18:04 [Dr.Tの4コマブログ 『この世はパラダイス』]
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まったく予定が決まらず、家内と話して昨年も行った福島県にもう一度行くことになりました。CANON 5D 昨年は、会津若松から始まって裏磐梯へのコースをとったのですが、今回は大内宿からスタートして、喜多方まで行ってみようと思ってい
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Wikipediaサマリーなネタの種

会津若松市(あいづわかまつし)は、福島県西部(会津地方)に位置する都市で、会津地方の中心都市である。

概要

江戸時代には会津藩の城下町として盛え、現在でも鶴ヶ城や白虎隊など、歴史上の事物が観光資源として有名である。会津地方の中心都市。会津若松市を中心とする会津若松都市圏の人口は約19万人(2000年都市雇用圏)。

会津や若松と省略して呼ばれることもある[1]。

[編集] 地理
阿賀野川本川上の若郷湖と大川ダム(右下)
阿賀野川本川上の若郷湖と大川ダム(右下)

会津若松市は、福島県西部一帯を占める会津地方の中心都市で、市街地は会津盆地の南東部に位置する。市域全体では、市街地の南に広がる広大な山地も市域に含まれ、最南端は芦ノ牧温泉などのある大戸岳周辺まで市域に収める。東側は猪苗代湖の約3割が市域に含まれ、猪苗代町や郡山市と接する。北、西は会津盆地内の市町村と隣接する。

* 山:大戸岳(1416m)、七曲山、背炙山(せあぶりやま)
* 川:阿賀川(大川)、日橋川(堂島川)、湯川
* 湖沼:猪苗代湖、鍋沼、若郷湖、東山ダム湖

[編集] 行政区域の変遷

* 1889年4月1日 - 町村制施行により、北会津郡若松桂林寺町他82町が合併、同郡日吉村及び年貢町村の各一部を編入し北会津郡若松町となる。
* 1899年4月1日 - 市制施行により若松市として福島県で最初の市となる。
* 1951年4月1日 - 北会津郡町北村を編入。
* 1955年1月1日 - 北会津郡湊村、一箕村、高野村、神指村、門田村、大戸村及び東山村を編入し、市名を現在の会津若松市に変更した。改称の理由は後述。
* 2000年2月1日 - 猪苗代湖域における、郡山市及び耶麻郡猪苗代町との境界確定により同湖の約3割の面積が市域となる。
* 2004年11月1日 - 北会津郡北会津村を編入。
* 2005年11月1日 - 河沼郡河東町を編入し、現在の市域となる。

[編集] 歴史
会津若松城(鶴ヶ城)
会津若松城(鶴ヶ城)

[編集] 江戸時代まで

市内一箕町にある大塚山古墳は4世紀後半に造営されたものである。出土品の三角縁神獣鏡は畿内で鋳造されたものと同一と推定されている。

都市としての会津若松市の起源は、1384年(至徳元年)の、蘆名直盛による黒川城築城に遡る。以降、城下町黒川は、戦国大名蘆名氏の領国支配の拠点として、また当時奥州最大の都市として発展を遂げていった。

1589年(天正17年)、伊達政宗のもとで勢力を拡大する伊達氏が芦名氏を滅ぼし、黒川を新たな本拠地とした。しかし翌1590年(天正18年)、豊臣秀吉の奥州仕置により黒川は伊達氏から取り上げられ、代わって蒲生氏郷が入封した。氏郷は楽市楽座の施行、手工業の振興、黒川城の近代城郭への改修などに功績を残し、また黒川という地名を若松と改めた。

氏郷の死後、上杉景勝が入封するが、関ヶ原の役で徳川家康に敵対して敗れ、米沢へ移封となった。その後、蒲生秀行、加藤嘉明などの領主を経て、1643年に徳川秀忠の子保科正之が入封して会津松平家の祖となり、以後若松は会津藩の城下町として栄えた。

[編集] 幕末から太平洋戦争まで

1862年(文久2年)、会津藩主松平容保は京都守護職に任ぜられ、尊攘派志士の取り締まりや京都の治安維持を担ったが、長州藩をはじめとする倒幕派の恨みを買うことになった。1868年(慶応4年)に戊辰戦争が勃発すると、会津藩は攻撃の対象とされた(会津戦争)。新政府軍は若松城下にまで侵攻し、白虎隊の自刃などの悲劇が起き、城下町の大半が灰燼に帰した。

明治維新後に新政府の直轄地となり民生局が設置された。翌1869年に民生局が廃止され若松県が設置され、県庁は最初、大町の融通寺に、次に旧若松城本丸に置かれた。1871年8月29日、全国的な廃藩置県により、引き続き若松県が設置された。1876年8月21日、若松県、旧福島県、磐前県が合併し、現在の福島県が発足。以来は福島県に属する。

1889年、北会津郡若松町となり、1899年、市制施行により若松市となった。この年の人口は3万0,488人であった。 1890年に私立会津中学校が開校。後に県立に移管され福島県立会津中学校となり、現在の福島県立会津高等学校に至る。1899年7月15日、磐越西線が会津若松駅まで開通する。磐越西線は1914年11月1日に新潟まで全通した。

1908年、日露戦争に伴って新設された第13師団の歩兵第65連隊が若松に置かれ、現在の会津若松市立第二中学校の敷地が衛戍地とされた。同連隊は1925年の宇垣軍縮に伴って廃止され、代わって第2師団の歩兵第29連隊が仙台から入営する。その後、1937年の日華事変を契機に歩兵第65連隊も復活した。歩兵第65連隊は南京攻略戦などに参加。歩兵第29連隊はガダルカナル島の戦いに投入され大きな損害を受けている。

[編集] 太平洋戦争後

太平洋戦争では会津若松は空襲を免れている。1955年、周辺の7村を編入し、これを機に都市名を若松市から現在の会津若松市に変更した。都市名の変更は、福岡県若松市(1914年市制施行。現・北九州市若松区)と混同を避けることなどを目的として行われたもので、先に市制を敷いた都市の方が改名を行った唯一の事例である。福岡県若松市のほうは門司市・小倉市・戸畑市・八幡市と合併して北九州市となったため、「福岡県若松市」は消滅したが、会津若松市のほうはその後も「会津」を冠したまま現在に至っている。

1965年から住居表示実施により、順次、旧町名が新町名に変更される。

1997年10月1日、磐越自動車道会津若松ICが開通。

[編集] 住居表示後に消滅した町名

(昭和40年)1965年から住居表示実施により、順次、旧町名が現在の新町名に変更されていった。 旧町名のうち、(明治10年)1877年までに成立していた町で、(明治22年)1889年に北会津郡若松町として合併した町を列記する。

大町竪町、大町一之町、大町ニ之町、大町ニ之竪、大町三之町、大町原之町、大町三四之竪、大町四之町、大町名子屋町、道場小路町、原之町、紺屋町、甲賀町、馬場上一之町、馬場下一之町、馬場一之竪町、馬場上ニ之町、馬場下二之町、馬場二之竪町、馬場上三之町、馬場下三之町、馬場三之竪町、馬場上四之町、馬場下四之町、馬場四之竪町、馬場上五之町、馬場下五之町、馬場名子屋町、大工町、博労町、上四之町、本六日町、上一之町、上六日町、上二之町、下野伏町、上五之町、行人町、中六日町、上野伏町、屋敷町、本郷町、竪三日町、寺町、東名子屋町、五軒町、横三日町、鳥居町、槻木町、阿弥陀町、愛宕町、浄光寺町、台之町、南横町、天寧寺町、徒之町、滝沢町、千石町、蚕養町、桂林寺町、老町、赤井町、諏訪四ツ谷、当麻町、当麻中町、善久町、針屋町、川原町、材木町、融通寺町、七日町、北小路町、西名子屋町、針屋名子屋町、上大和町、中大和町、下大和町、後之分町、栄町字郭内、栄町字栄町一丁目、栄町字栄町二丁目、栄町字新栄町、栄町字栄町三丁目、栄町字栄町四丁目、栄町字本三之丁、栄町字本一之丁、栄町字融通寺町口、栄町字川原町口、栄町字米代二之丁、栄町字米代四之丁、栄町字十八蔵、栄町字割場、栄町字追手前、栄町字塀内、栄町字本二之丁上、栄町字天寧寺町口、栄町字宝積寺通、栄町字内小田垣、栄町字鶴ヶ城、新横町、片柳町、南町